第10話 不思議な少女。
突然器を持たされ、クロウは戸惑っていた。温かな器を持ったまま湯気が立ち上るスープをじっと見つめる。リリアが作ったというスープからは、とてもよい香りがしていた。はっきり言って、まったく食欲などなかった。
なのに、その香りを吸い込んだ途端、彼の胃袋が音をたてて空腹を訴えてきた。
クロウは自嘲気味に苦笑をもらし、目の前に座っている小柄な少女に視線を向ける。すると、彼女はにっこりとほほ笑んだ。とても優しい笑みだった。
だが、すぐに真剣な表情になってクロウと器を見比べている。どうやら、早くこのスープの感想が聞きたいようだ。
クロウは視線を湯気の立つ器に視線を移し、そのまま熱いスープに口をつけた。
「! ……うまい! こんなにうまいスープは初めてだ」
お世辞ではなかった。
優しい味だが、薄味というわけではない。甘味と塩味と野菜の味がうまく合わさって口の中に広がり、舌と胃袋を大いに喜ばせた。
「ああ、よかった! お口に合ったんですね。これは我が家秘伝の携帯食なんです。野菜の茎を濃い味付けで煮て乾燥させて作るんですよ。それをお湯で煮出だすだけで、こんなに美味しいスープになるんです。すごいでしょう? 他にも何か食材を足せば、もっと美味しくなるんです。でも、さすがにここではこの味が精一杯なのですが」
少し得意げに、そしてかなり残念そうにリリアは自作のスープについて一生懸命に説明をしていた。
だが、一方でその眼差しはクロウがスープを飲む姿を注意深く見守っているように感じた。
お椀の中身はすぐにクロウの胃袋の中に納まってしまった。あまりにもの美味(うま)さに、思わず二杯目を求めたほどだ。リリアはすぐに本当に嬉しそうに空になった器をもって駆け出して行く。その華奢な後ろ姿を見送りながら、クロウは深く息を吐いた。
毒に苦しみながらクロウの心は酷くささくれ立っていた。
だが今は違う。
不思議な事に、いつのまにか心の中はとても穏やかなものになっている。それは久々に美味しいものを口にし、胃袋が満たされたからだけではない。どうやら傍にリリアが居ることが大きいようだ。
昨夜、クロウは悪夢にうなされ目を覚ました。どんな夢を見ていたのかはもう覚えてはいないが、その時、クロウの右手はリリアの両手の中でしっかりと握りしめられていた。その小さな手に縋り、再び眠りについたことを朧気に覚えている。その後はもう悪夢にうなされることもなく、目を覚ませば朝になっていた。
『大丈夫ですよ。私が傍にいますよ』
優しく語りかけてきた彼女の声だけは、今も耳に残っている。
(さすがに目が覚めた時、リリアの姿がすぐに見当たらなかった時は、かなり肝を冷やしはしたが……)
これまでクロウは多くの人々と出会い、そして別れてきた。リリアとも、もうすぐ別れを告げなければならない。そのことをとても残念に思っている自分がいる。
ここ数日、クロウの視線はずっと彼女を追っていた。初めはフードを深く被ったまま、おどおどしている少年の姿があまりに不審過ぎて、気を付けて見ていたのだ。今となっては、彼女は女だとばれないように必死だったのだと分かる。それなのに、彼女はこの楽ではなかったはずの旅の間、ずっと幼い子供達を気遣い、献身的に面倒をよく見ていた。
さらに、王都目前で倒れたクロウと二人きりでオアシスに残ることを言い出したのは彼女の方からだった。今も自分の事よりもクロウの事に心を砕いている。
性別や年齢など関係なく、彼女に好意を持たない者などいないだろう。
そう、自分はいつのまにかこの華奢で頼りなげな不思議な少女に惹かれ始めているようなのだ。
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