第4話 馬車の旅。

 順調に王都へ向かっていた旅の一団は、まだ辺りが明るいうちに何もない荒野の真ん中に馬車を止め、野営の準備を始めた。

 風よけに止められた二台の馬車の間で、ルイが慣れた様子で焚火用に木材を積み上げていく。

 一方、団長であるガルロイは、馬車の横に据えられた樽から乗客達に水を分け与えていた。

 リリアは無意識にクロウの姿を探す。

 その姿はすぐに見つけることができた。彼は馬達を馬車の近くの木に繋ぎ、水と餌を与えていた。


「リイ、お水を貰いに行くの?」


 元気な声に振り向けば、背後にいたのは満面の笑みを浮かべた男の子だった。彼はこの旅で仲良くなった幼い三兄弟の一番上の子で、もうすぐ七歳になるらしい。名前はマルク。彼の母親は小さな弟と妹に手が掛かっていたので、リリアは好奇心旺盛なマルクと出来る限り一緒にいるようにしていた。

 リリアは手にしていた革製の水筒をマルクに振ってみせる。


「マルクも水筒を持ってる? 一緒にお水を貰いに行こうか?」

「うん!」


 マルクと共に水筒を取りに馬車へ一度戻り、二人は連れ立ってガルロイの所に向かう。

 食べ物は各自持参だが、水が貰えることだけでもとても助かっている。

 持参した水筒の中に水を足してもらっていると、突如歓声が上がった。積み上げられた木材に火が入ったのだ。火の粉が飛び散り、立ち昇る紅蓮の炎が暗くなり始めた荒野を照らし出す。暖かな火の光に引き寄せられるように人々が集まって来ると、焚火のまわりはすぐに騒がしくなった。


「リイ! 僕達も行こうよ! 早くぅ!」

「そうね」


 マルクに引っ張られるように手を引かれ、リリアも焚火の側に腰を下ろした。日が沈んだ途端、大気が一気に冷え始めていた。

 だが、火の側はとても暖かい。


「ルイさんだわ」


 馬車へ戻っていたルイがリュートを片手に再び現れた。リリア達とは違う馬車に乗っていた若い女の人達を数人連れている。

 ルイがリュートを掻き鳴らすと、側にいた女の人が躍り出す。

 さらに、歓声は大きくなり、賑(にぎ)やかな夜が始まった。

 歌ったり踊ったりする人々の姿を、リリアはマルクと共に楽しんでいたのだが、しばらくするとマルクが目を擦りはじめた。


「マルク、眠いの? お母さんとのところへ戻ろうか?」

「ううん。もう少し……ここに……い、る……」


 首を小さく振りながらそう言うが、マルクの小さな頭はこてんと、リリアに寄りかかってくる。


「マルク?」


 名前を呼べば、マルクは口の中で何か呟き、その途端リリアに寄りかかっていた体がさらに重みを増す。


(あらあら、本当に眠ってしまったわ………)


 リリアはそっとマルクの頭を自分の膝の上にずらし、羽織っていたマントの裾を広げでマルクの体を覆う。

 そして、可愛い顔で眠るマルクの姿に微笑みを浮かべた。


「おやすみ。マルク」


 気持ちよさそうに眠るマルクの頭を優しく撫でながら、リリアはまるで躍っているような炎の動きをぼんやりと見つめる。


(王都は、どんなところなのかしら………)


 ふと、王都のことがリリアの脳裏を過ぎる。

 王都へ行くことは、誰かに強制されたわけではなかった。

 一か月前に、両親のいないリリアを育ててくれたおじいさんが亡くなってしまったのだ。そのことを、リリアは王都にいるおじいさんの友人に知らせに行こうとしていた。

 きっかけは、おじいさんがポツリとこぼした言葉だった。


『王都には、大切な友がいる。………最後に会ってから、ずいぶんと時が経ってしまった』


 その後、すぐに眠ってしまったので、詳しい事はよく分からないままだ。

 ただ、その時の表情がとても寂しそうで、リリアは気になっていた。それに、おじいさんに王都に大切な友人がいるということも、実はこの時に初めて知ったことだった。

 それからしばらく経ったある冬の日、リリアが暖炉の掃除をしていた時に、灰の中から燃え残った手紙が出て来た。それは、王都の友人に宛てたおじいさんの手紙だった。ほとんど焼けてしまっていて一部しか読み取ることができなかったが、その友人に伝えたい気持ちは十分に伝わってくるものだった。


『なぜ会いに行かないの?』

『どうしてせっかく書いた手紙を燃やしてしまったの?』


 聞きたいことがたくさんあった。リリアはおじいさんに王都に住む友人について聞くつもりでいた。

 だが、その日から村では質の悪い病が流行り、村で唯一の医師であったおじいさんは朝夕無く奔走した後、疲労からただの風邪をこじらせ、春を待たずしてあの世へ旅立ってしまったのだ。

 リリアはおじいさんにとても大切に育ててもらった。なのに、何の恩返しも出来なかった。どれほど悔やんでも、もうおじいさんには何もしてあげられない。そのことがとても悲しく、ただ泣くだけのリリアを前を向かせたのは、あの手紙だった。


『あのおじいさんの手紙を、友人の方へ渡そう!』


 その思いがリリアを突き動かした。

 そして今、リリアは一人で王都へ向かっている。

 もしかしたら、おじいさんはリリアが王都へ行く事を望んでいないかもしれない。それどころが、余計なことだと怒っているかもしれない。

 それでも、友人だとういうその方にこの手紙を渡し、おじいさんの想いをどうしても知って欲しかった。

 もちろん、一緒に暮らしているシャイルには相談した。

 だがなぜか、いつもリリアには甘いほどのシャイルがこの事だけは頑なに首を縦に振ってはくれなかったのだ。

 王都へ行くこと自体を彼は反対していた。理由は言っていたが、どれもリリアを納得させるものではなかった。


(今シャイルはどこにいるのかしら?)


 住み慣れた村がどんどん離れていく。

 今のところ、リリアが女の子だと気づかれずに、旅の一日目が終わろうとしていた。

 しかし、旅が始まってからずっと、クロウがリリアの様子を見ていることに、彼女はまったく気付いていなかった。

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