第3話 護衛の男達。

「あの、王都シェンドラへ向かう馬車ですよね?」


 馬車の側に立っていた五十代半ばの男にリリアは声を掛けた。行商人のようだが男は荷物らしきものを何も持っていなかった。もうすでに馬車に積んでしまっていたのかもしれない。


「ああ、そうだよ。あんたも王都へ行くのかい? おや、あんたは一人なのか?」


 男は細い目をさらに細め、リリアを珍しそうにまじまじと見つめてきた。


「はい。………あの、わ、ぼ、僕、馬車の旅は初めてなんです。どうすれば乗れるのか、教えてもらえませんか?」


 早速女の子だとバレてしまったのかと、内心ひやひやしながらもリリアはさらに尋ねる。


「では、あの木陰にいる男の所へ行きなさい。彼が受付をしている。早く行った方がいい。人数がそろえば、その時点で出発してしまうのだからね」


 男は人の良さそうな笑みを浮かべ、馬車から少し離れたところを指さす。


「え? そうなんですか⁈ すぐに行ってきます! ありがとうございました!」


 リリアはお礼を言いながら頭を下げる。


(良かった。女の子だって分からなかったみたい)


 リリアはそっと胸をなで下ろしながら、教えられたとおり木陰にいる男の元へと向かった。その男は駆け寄って来たリリアをじろりと鋭い視線を向けてきた。


「……おまえ、一人か?」

「はい。わ、僕、一人です」


 男は見上げるほど大きな体をしていた。太い腕を組んでリリアを見下ろしている。年齢は三十歳ぐらいだろうか。眉間に深い皺があり、短く刈られた髪も瞳の色も茶色だ。その色はとても優しいものだったが、精悍な顔つきと、眼光のあまりの強さにリリアは一瞬で怯んでしまった。


(こ、怖いっ!)


 しかし、こんなところで弱気になっていては駄目だと自分を叱咤(しった)し、フードの下からおずおずと男を見上げる。


「銀貨三枚だ。あるのか?」

「はい! お、お金は、ちゃんとあります」


 お腹に響く低い声で問われ、リリアは慌てながら腰の袋から銀貨を三枚取り出す。


(銀貨三枚………)


 もちろん、リリアは片道の馬車代に銀貨三枚が必要な事は知っていた。五日間の旅で銀貨三枚が非常に高いということも。

 しかし、歩いて王都を目指したとしても、大人でも十日は掛かってしまう。さらに安全な宿を選ぶとなると、銀貨三枚では足りないかもしれない。それならば、護衛が付いて五日間で王都に到着出来るのだから、銀貨三枚はそれだけの価値は充分にあった。

 だが、そう理解していても銀貨三枚はリリアにとっては大金だった。往復で銀貨が六枚。それだけあれば、リリアの村では、半年間は充分生活できる。

 このお金は万が一に備えてこれまでこつこつと貯めてきたものだった。


(シャイル、ごめんなさい!)


 心の中で、リリアはここに居ない青年に謝る。

 目の前では、男が銀貨を一枚一枚裏と表を確かめていた。その様子をリリアは息をひそめて見守っていた。


「………いいだろう。おまえは、一番後ろの馬車に乗れ」

「はい! ありがとうございます!」


 リリアはフードが外れないように片手で押えながら、荷物を抱えて指示された馬車に向かった。


「おや、あんたもこの馬車かい?」


 馬車に乗り込むと、先ほど親切にしてくれた男が声をかけて来た。


「はい。先ほどはどうもありがとうございました」


 丁寧にお礼を言えば、男は笑みを深める。


「よければ、私の隣に座るといい」


 男は奥側へ詰めて座りなおし、入り口側の席をリリアのために空けてくれた。リリアは再びお礼を言って、自分のために空けてもらった座席に腰を下ろす。

 その時、一陣の風が車内を吹き抜けていき、一枚の花弁をリリアの膝の上に運んできた。リリアはほっそりとした指先で、薄紅色の花弁を摘まみ上げる。それはまるでリリアに『行ってらっしゃい』と、言っているかのように感じた。

 リリアは視線を上げ、そのまま珍しそうに車内を見まわす。

 丈夫そうな白っぽい布で覆われた馬車の中は明るく、思っていたよりも広い。座席は左右向かい合うように長椅子が設置されており、片側五人ずつゆったりと座れるようになっていた。その座席の下にみんな荷物を置いている。

 リリアが乗った馬車の乗客は、親切な男性の他に三十代~五十代の男の人が四人と、三人の子供を連れた女の人がすでに乗り込んでいた。どうやらリリアが最後だったようだ。もう少し遅ければ、馬車は出発していたのかもしれない。


(よ、良かった……)


 リリアは安堵しながら、視線を前に向けた。彼女の向いの席では、子供達の母親が座席の下の荷物を整えている。その傍らで、3人の子供達がじっとリリアを見つめていた。一人は七歳ぐらいの男ので、まだ幼く小さな弟と妹の手をしっかりと握ってあげている。笑いかけると、一番小さな女の子が男の子の後ろに隠れて照れた笑みを覗かせた。


(可愛い! きっとマーサおばさん家のアンぐらいの年ね)


 日の出前に村を出たが、すでに太陽の位置は高い。リリアは村のことを思い出した途端、村の事が恋しくなってきてしまった。

 まだ馬車は動いてさえいないというのに。

 気持ちを切り替えるため、リリアは馬車の後ろから外に目を向ける。すると、木陰にいた受付の男を二人の男が取り囲んでいた。彼らが羽織っている濃い灰色のマントの下からは腰に帯びた長剣が覗いている。


「どうかしたのかい?」


 席を譲ってくれた男が、尋ねてきた。外を覗いているリリアがあまりにじっと男達を見つめていたからかもしれない。


「あの人達は、何をしているのですか?」


 視線はそのままで、リリアは疑問を口にした。


「ははは。そう心配しなさんな。今、木の下に集まっている男達はこの一団の護衛達だ。そういえば、あんたは旅が初めてだと言っていたな。私の名はサンタンだ。ちなみに、この一団に世話になるのは三度目になる。普通なら旅をするのに護衛などなかなか雇えないが、この一団にいればあの男達が守ってくれる」

「あの人達は護衛の方だったんですね。えっと、僕は、リイって言います。これからもよろしくお願いします」

「おやおや、ご丁寧に。こちらこそ仲良く頼むよ」


 丁寧に頭を下げるリリアに向かって、サンタンはどこかお道化たようにみえる仕草で頭を下げる。

 突然、女達の黄色い声が上がった。驚いてリリアが視線を外に戻せば、3人の男の中から金髪の若い男が前に停めてある馬車に向かって歩き始めたところだった。ずっと馬車を遠巻きに見ていた妖艶な女達が彼に向かって各々手を振っている。その姿に応えるように男が笑顔で片手を上げると、再び女達から歓声が上がった。手を振る若い男の後ろを苦笑しながら受付をしていた大柄な男が続く。

 そして、最後に、黒髪の男が傍の木に繋いでいた大きな黒い馬に跨ると、リリアが乗る馬車の後ろにゆっくりとやって来た。


「今回もよろしく頼むよ。クロウ」


 サンタンが黒髪の男に声を掛ける。

 彼の名前は、クロウというらしい。近づいて来たクロウの顔を間近で見ることとなったリリアは目を大きく見開く。


(なんて綺麗なの……)


 すっと通った鼻筋に、美しく整った顔立ちは中性的で、髪型を変え、美しいドレスに身を包めば、きっと誰もが絶世の美女だと間違ってしまいそうだった。神秘的な漆黒の髪がとても似合っている。

 だが、どれほど綺麗な顔立ちをしていてもまったく表情が無いので、とても冷たそうに見えてしまう。リリアより年上なのは分かるのだが、年齢もよく分からなかった。今までに出会ったことが無い、不思議な雰囲気の青年だった。


「ああ」


 クロウはサンタンに対し短く応じ、ちらりとリリアに視線を向けてきた。さらりとした前髪の隙間から覗く鋭い切れ長の目がリリアを捕えた。

 その瞬間、リリアの鼓動が大きく脈打った。

 すべてを見透かすような眼差しに、リリアは思わずその視線から逃れるように被っていたフードをさらに深く被る。


「ははは、怖がらんでもいい。確かにクロウは不愛想な男だが、案外気の良く回る優しい奴だ。もちろん盗賊が襲って来た時などは、まるで鬼神のような強さで私達をしっかりと守ってくれる。とても頼りになる男だよ」


 リリアが怯えていると勘違いしたサンタンが、宥めるように話しかけてきた。

 もちろん、リリアは怯えていたわけではなかった。クロウに女だとバレてしまうのではないかと急に怖くなったのだ。

 それに、何だが男の子の恰好をしていることがとても恥ずかしく思えた。

 サンタンは説明を続ける。


「もう一人いる護衛で、金髪の男の名前はルイ。あの男もとびっきりの色男だろ? クロウとはまったく逆の性格でな、陽気なうえに女に優しいからいつもあの男の周りには女達が集まって来る。本当に羨ましい限りだ。先ほどのように奴が町を離れるたびに女達が見送りにわざわざやって来るほどだ。そして、残る三人目の男は、体格が一番ガッシリとしたこの一団の団長のガルロイだ。私はあの男の度胸とこの一団を切り盛りしている手腕に惚れこんでいる。会うたびに共に仕事をしないかと誘っているのだが、なかなか首を縦には振ってくれんのだよ」

「はあ、そうなのですか……」


 サンタンの話に耳を傾けながら、リリアの目はクロウの姿を追っていた。なぜだか彼の事がとても気になるのだ。

 クロウは馬車の後方で静かに佇(たたず)んでいるだけなのに、とても存在感があった。どれほど気になっていても、人を寄せ付けない雰囲気を纏ったクロウには、とても声を掛けられそうになかった。


「出発!」


 突然、ガルロイ団長の大きな声が響き、二台の馬車ががらがらと音を立てて動き出した。リリアにとって初めての旅は、すべてが新鮮で、不安を抱えつつも順調に始まったのだった。

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