第2話 旅立ち。

 朝日を背に、一人の旅人が歩いていた。小柄な体を頭からすっぽりと外套で覆い、フードの下から見え隠れしている顔はまだどこかあどけなさが残る。

 急な坂を登り切ると、旅人は足を止めた。視線の先には外壁に守られた町が見えている。この辺りでは一番大きな町だ。その正門前には、すでに2台の幌馬車が停まっている。それも四頭立ての立派な馬車だった。


「きっと、あれが王都へ向かう馬車なのね。………あんな大きな馬車に乗るのは初めてだわ」


 呟く声は少女のもの。

 この旅人はリリアだった。

 彼女の不安と期待が入り混じった瞳に馬車の周りに集まっている荷物を抱えた人々の姿が映る。その途端、翠緑色の瞳が輝きはじめた。


「あの人達と一緒に旅をするのね!」


 高まる鼓動を落ち着かせるため、リリアは大きく深呼吸をした。

 彼女は今から少年になりきろうとしている。若い女の一人旅は危険だと言い聞かされていたからだ。そのために、腰に届くほど長かった髪も思い切って短く切ってしまった。

 確かに、髪を切ったばかりの時は、首のあたりがすうすうとしていて心許なくはあったが、今では意外とすっきりとした気分になって、髪を切ったことはまったく後悔などしていなかった。


『髪が短くなっても、顔はどうしようもないんだよな』


 ふと、幼馴染のティムの声が蘇ってくる。


『顔は出来るだけ前髪とかで隠しなよ。出来るならフードはずっと被ってたら? 自分の事は『僕』って言えよ』


 そうあれこれ助言をした後、ティムは旅支度をしたリリアの姿を眺め、『ぷっ』と噴き出した。


『何?』

『心配しなくてもいいかも。リリアって、俺のかあちゃんみたいな胸とか無いからさ、俺の服を着たら全然女には見えなくなった。うん。うん。大丈夫。大丈夫! あっはっはっはっ!』


 ティムが大笑いしながらあまり嬉しくない太鼓判を押してくれたが、本当に男の子に見えているのだろうかと、不安はぬぐえない。

 リリアは自分の服装を確かめる為、くすんだ茶色の外套の前を開いた。

 丈の短い若草色のチュニックに生成りのズボン。

 これは昨日、リリアがティムから借りたものだった。


「……大丈夫よね? 女の子が男の子の服を着ているなんて、誰も思わないわよね?」


 まるで自分に言い聞かせるように呟くと、リリアはその場でくるりと身を回転させた。フードが後ろにずれ、淡く輝く金色の髪が露わになる。


「ふふふ。男の子の服って、なんて動きやすいのかしら」


 リリアは、笑みを浮かべた。

 しかし、再び真っすぐに前を向いた彼女の顔は真剣なものになっていた。


(今から、自分のことは自分で守らなければならないんだわ)


 一人で村を出た瞬間に、分かったことがあった。

 それは、リリアがとても大切に守られていたということだ。今まで、彼女の傍には常に誰かが居てくれたのだ。

 だから、どれほど恐ろしいと思うようなことがあっても、心のどこかでは安心していられたのだ。


(おじいさん……) 


 目に浮かんできたのは、何でも包み込んでしまうような優しい笑顔。リリアは寂しさに耐えるように目を閉じた。

 そして、気を引き締めるようにフードを目深く被り直すと、意を決して町に向かって駆け出したのだった。

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