第30話 公爵令嬢はアイスクリームを作る
錬金魔法を覚えてから、リッカが私に付きっきりになった事で、私の暴走は止められる様になり、先生方へ無理難題を吹っかけることはなくなった。
てか、無理難題って言い方気に食わない。
別に、無茶な要求を言っているわけじゃないもん。
ただ単に、出来ること出来ないことを知るために、色々実践して貰っただけだし。
さて、あれから1ヶ月ほどの間に、製鉄所や鉱山、宝石屋や貴金属加工所等、錬金魔法に関係しそうな所は一通り見学させてもらった。
火土属性の事は結構有名みたいで、錬金魔法の勉強と言うと、仕事を取られると思ったのか何処も見学を渋られたけど、私が公爵令嬢という事を最大限に利用して無理矢理入場許可をさせてもらった。
因みに、ここでも私が、製鉄所で炉に近付きたいと言ったり、鉱山で自分も掘ってみたいと言った時、リッカは私のことを羽交い締めにするほど全力で止めてくれた。
いろんな場所を見学出来たおかげで、結構色んな物を作る事が出来る様になっていた。
鉄、銅、ガラスは割とスムーズに好きな形の物を作れる様になった。
一応、ダイヤやサファイヤなんかの宝石類や、ミスリルやオリハルコンなんかの地球に存在しない貴金属も、少量なら作れる様になったけど、めちゃくちゃ魔力使うし、市場に出回って物価が荒れてもいけないので、練習の一回ぽっきりしか作ってない。
因みに、作った宝石類と貴金属は、どうにかアクセサリーに加工して、リッカとお母様に差し上げた。
二人とも物凄く喜んでくれたけど、欲張りにもリッカは「よろしければ初めて作られた鉄の塊もください」と言ってきやがった。
あれは私が魔法で初めて作った記念品だからダメだ。
まあ厳密に言うと、初めて使った魔法は炎だし、形に残る物で言えば未だに訓練場のど真ん中にそびえ立つ土壁なんだけど。
季節は夏。
日本の様に湿度が高いとか、気温が35度を超える程とかいったことはないけど、暑いもんは暑い。
しかも、電気のないこの世界、クーラーに慣れ切ってしまった俺に、露出の少ないドレスで生活をしろと言うのは、いくらこの世界を5年過ごした私と言えど中々の苦行。
露出がダメなら、肩やら腕やら丸出しの成認式ん時のドレスもダメなんじゃないのかよ。
公式の場なら、肩や腕程度の露出は正装としてなら大丈夫らしい。
あれか、下着はNGだけど水着ならOKみたいな?
もう、そんなことはどうでもいいよ、暑いもんは暑いに変わりないんだから。
こんな時に冷たい食べ物か飲み物があればなぁ。
ただ、この世界で氷はとっても高級品、
保冷場で保管してある冬の氷の残りか、氷魔法の使える人に作ってもらうしかない。
公爵令嬢である私が我が儘を言えば、氷を食べられなくもないんだけど、それでもしょっちゅう食べられるものではないし、そもそも氷に大金を払う事に抵抗がある。
そこで私は考えた。
氷がないなら、作っちゃえばいいじゃない。
もちろん、魔法じゃなくて科学の力で。
電気を使わず氷を作る方法だけど、密閉できる容器に水を入れて、中の空気を抜いて気圧をどんどん下げていくと、水が氷になっていくのだ。
ただ、中の空気を抜く事ができる様な道具は、今の私の実力じゃまだ魔法で作る事が出来ない。
というわけで、助っ人を用意致しました。
ケーラ・アルヴァン先生のご登場です。
「あの、フランドール様、いきなりお呼び出しをされたのですが、何をなさるおつもりでしょうか?」
「例の件」を知っているせいか、何かとんでもないことをさせられるのではないかと不安そうなケーラ先生。
安心して欲しい、もうあの頃の私とは違う。
今の私にはリッカがいるのだ。
やらかし過ぎそうな場合、リッカが問答無用で止めてくれるから大丈夫。
ほらご覧、リッカは「任せてくれ」と言わんばかりに、私の事を睨みつけている。
「ケーラ先生には、魔法で水を凍らせて欲しいんです。」
「えっ、私、氷魔法は使えませんよ?」
「私が今必要としているのは、ケーラ先生の風魔法です。
ケーラ先生は、魔法で空気を操る事が出来ますよね?」
「ええ、風魔法なら使えるので、空気の操作は可能ですが。」
「では、この水の入った容器の中の空気を、可能な限り抜いてもらえますか?
そうする事で、この水が凍るのです。」
「「は?」」
「あ、あの…何故空気を抜くと水が凍るのですか?」
「水は固体になると密度が下がって体積が増えます。
圧力が低くなると、水は体積が膨張して、普段より高い温度で凍るのです。」
「「…あつりょく?」」
ホントに、この世界の科学力って低いよなー…
科学に限らず、この世界は理系文系問わず、学力が低い。
言語は世界共通で文字も平仮名と数字の様なものしかないのに、読み書き出来る人も計算出来る人もめっちゃ少ない。
読み書き計算出来ないと不便だとは思わないのかね?
閑話休題。
「とりあえずやってみましょう。
密閉した容器の中の空気を抜くことは可能ですか?」
「そんな事、やってみようと思った事がないので、出来るかどうかわかりませんが、試してみます。」
「くれぐれも、ご無理をなさいません様お願い致します。
お身体に異変がありましたら、即座にお止め下さいませ。」
リッカの念押しが入る。
容器は、中身が見える様に強化ガラスにした。
この容器は、私が錬金魔法で作ったものだ。
さあ、遠慮無く存分に空気を抜いてくれたまえ。
ケーラ先生が集中して、ガラス容器を見つめている。
密閉した容器から空気を抜くって、この世界の人たちはイメージできるんだろうか。
すると、容器の表面が薄っすら曇ってきた。
「あのっ、これって水が凍ってきているのですか⁉︎」
集中しているケーラ先生の代わりに、リッカが質問してきた。
「上手くいってるみたいね。
今、容器内の空気が減って気圧が下がったから、徐々に水温が下がってきて結露しているわ。
このまま気圧を下げていけば、きっとこの水は凍るはずよ。」
そして段々
「ケーラ先生、もう止めて頂いていいですよ。
ありがとうございました!」
ケーラ先生は大粒の汗をかきながら、大きく肩で息をしている。
「ケーラ先生、大丈夫ですか?
気分が悪くなっていませんか?」
「だ、大丈夫です。
初めての事だったので、想像以上に魔力を使った様で少し疲れてしまいましたが、問題ありません。
上手くいった様で良かったです。
本当に、風魔法で氷が作れるのですね!」
呼吸が整うにつれて、段々テンションが上がっていったケーラ先生。
普段なら風魔法をちょっと使ったくらいじゃ全然疲れる事なんてないケーラ先生だけど、魔法のプロでも慣れない事をすると、要領が掴めなくて魔力の消費が激しいのかな?
意外なところで新情報を得る事が出来た、ラッキー。
あ!だから、大ベテランのビビアン先生がぶっ倒れたのね、納得。
それにしても、密閉容器内の空気を無くしていくって相当イメージ力がないと難しいと思うんだけど、ケーラ先生は見事だね。
私の中でケーラ先生の株が爆上がり中だわ。
私は容器の蓋を少しづつ開けて、空気をゆっくり入れながら容器内の気圧を元に戻していく。
気圧が完全に戻ったところで、蓋を開けて氷を取り出す。
大体ハンドボール位の大きさの氷が完成した
「フランドール様、ありがとうございます!
とても貴重な経験ができて嬉しいです!」
でしょう?
だから実験はやめられないんだよ、暴走するのも仕方ない。
でも、ここまではまだ準備段階。
本番はこれからだよ。
「ケーラ先生、ありがとうございました。
お礼に、プレゼントがあります。」
そう言って、ケーラ先生には少しの間休憩していただく。
まず、密閉できる容器に、泡だてた卵白、卵黄、生クリーム、砂糖、バニラエッセンスを入れて蓋を閉める
それを、ひと回り大きな密閉できる容器に、先ほど作った氷を砕いて塩と容器と一緒に入れて、蓋を閉めて、冷気を逃さない様にタオルを巻きつけて、10分ほど床で転がす。
奇妙なものを見いているかの様な二人の視線が痛い。
10分程経ったら、容器の中身を確認。
うん、しっかり固まってる。
ちょっと味見。
うひょー、これこれ!
10分間転がし続けて汗だくの身体に、この冷たさと甘さが染み渡るぅー!
容器の中身をスプーンですくって、器に盛り付けたら完成。
アイスクリームの出来上がり!
二人の元へアイスクリームを持っていった。
「フランドール様、これは一体何ですか?」
「先程、ケーラ先生が作ってくださった氷を使ったお菓子、アイスクリームといいます。
是非食べてみてください。
リッカも早く食べて。
でないと、アイスクリームが溶けてしまうわ。」
無理やりにでも食べさせないと、リッカはケーラ先生が帰られるまで待ってそうだ。
二人は、恐る恐るアイスクリームを口に運ぶ。
「えっ、何ですかこれは⁉︎
とても冷たくて、口に入れるとすぐ溶けてしまう!」
「冷たくて滑らかな舌触りと、バニラエッセンスの豊かな香りが、クリームのコクと甘味と絡み合って、とても美味しいです!
とてもあの変な行動で作られたお菓子だと思えません!」
お母様の代わりに食レポありがとう、リッカ。
てか、変な行動とか言うなよ。
私も一緒にぱくっ。
んー、やっぱ、夏といえばアイスだねー。
今度はかき氷も作ってみようかな。
こうして、3人でアイスを堪能した後、ケーラ先生は帰られた。
帰る前にもすごくお礼を言われたけど、こちらこそありがとうなんだよ。
ケーラ先生の風魔法がないと、アイスクリームは作れなかったんだからね。
その日の夕食、アイスクリームの存在を聞きつけたコックたちと、氷の作り方に興味を持った家族に、物凄く質問攻めにあって、翌日もアイスクリームを作る事になり、再びケーラ先生はフィアンマ公爵家に召喚された。
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