第25話 公爵令嬢は壁を乗り越える
昼食を食べ終えて、お母様が二人で話をしようと言って庭を少し散歩した。
四季折々の花を見ながら歩いていると、ガゼボにたどり着き二人で腰を掛けた。
「昨日までの魔法の訓練をしていて、どういう気持ちだった?」
お母様が私に質問してきた。
「…魔力のイメージが全然できなくて、とても焦っていました。
どうしてこんなに頑張っているのに、何もできないんだろう、と不安で辛かったです。」
お母様の問いに私はそう答えた。
「そう、では今はどんな気持ちでいる?」
「今ならイメージが出来そうで、早く魔法の訓練をしたくてたまりません。
3日後がとても楽しみです。」
「どうしてそんな気持ちになったの?」
「フライドポテトを作っていた時にお母様が言っていた言葉で分かったのです。
「私には私の魔法の感じ方でイメージをしなくては魔法が使えない、料理のように魔法を発動している状態をイメージしてから魔力を魔法に変えてみたら?」と教えて頂いた事で気付きました。」
「私は一つの可能性を提案したに過ぎないのよ?
もしかしたら、今フランの考えている方法でも魔法が使えないかも知れないわよ。」
「確かにそうかも知れません。
でも、私一人だと思い付かなかったと思います。」
そう言うと、お母様は少し黙った後、口を開いた。
「貴女は今まで、目の前の壁をどんどん超えていたわ。
それも、どんなに高い壁も自分の知識と努力で超えられない壁なんて何も無い、と言う程にね。」
「それは違います。
現に今、超えられない壁が目の前に立ちはだかっています。
どんな方法を使っても超えられそうも無い、大きく高い壁です。
ただ今は、超えられそうな可能性をお母様のおかげでひとつ見つける事が出来ました。」
あの日から沢山悩んだ。
成認式から一ヶ月以上経っているけど、頭の中は未だに整理出来ていない。
私がもし物語の登場人物だとしたら。
火属性しか生まれない家系で、何故火土属性で、魔力も弱いのか。
魔力をイメージする事がどうしてできなかったのか。
そして、
リッカやお母様の言葉で、気持ちの整理がずいぶん出来たと思うけど、問題解決の糸口が見えたとは言い切れないかも知れない。
それでも今は、てっぺんすら見えなかった大きな壁の高さや大きさがぼんやり見えた気がする。
「いいえ、違うわ。
母はたまたま切っ掛けに立ち合っただけで、見つけたのは貴女自身よ。」
「えっ…」
お母様が私の言葉を完全否定して、驚きのあまり一瞬固まってしまった。
「貴女が料理をしなければ、魔力のイメージ方法を思いつく事がなかったのではないの?」
「で、でも、料理をする事自体はリッカの提案で、気分転換にどうだと言われて…」
「そう、貴女には素晴らしい侍女がいて幸せね。」
お母様にそう言われて、私は「はい、それは本当に」と心から答えた。
「貴女は今まで、壁が目の前に立ちはだかると、ただ
今まではそれでも全てうまく乗り越える事が出来ていたけど、今は違うわよね?」
「はい、その通りです。」
「そういう時は、今日の料理のように、壁から少し離れて遠くから壁全体を見たり、後ろを振り返ってどう超えてきたか、どれだけ超えてきたかを確かめることも必要よ。」
「…そうすれば、どんな大きな壁でも越える事が出来ると思いますか?」
今回の大きな壁の存在は、俺にとっても私にとっても、今までに感じたことのない程の苦痛だった。
超えられるのであれば、お母様のこの言葉はどれだけ支えになるだろう。
「思わないわ。」
「え゛ぇ⁉︎」
思いもしなかった言葉に変な声が出てしまった。
「そもそも、どうして絶対超えなくてはならないと思うの?」
私の声に少しビックリした後、お母様は話を続けた。
「別に超える必要なんてない場合もあるし、他のことをしていたらいつの間にか超えていることだってあるのよ?
そもそも、壁というのはその人の価値観であって、同じ物でも、それが壁にすらならない人もいれば、壁にしてしまうと絶対前に進めなくなってしまう人もいるのよ。
壁の存在を忘れてしまう事や、越えるのを諦める事だって、一つの方法よ。」
「そんな、逃げるようなことをっ…」
「なぜ逃げてはいけないの?」
「それは…自分に負けたと言う事で…」
「では、貴女は倒せそうもない魔物に出会った時、逃げれば生きられるのに、戦って死ぬつもり?」
頭を殴られたかのような物凄い衝撃が全身を走った。
確かにその通りだ、諦めたり忘れたりする事で得られる事だって、世の中には沢山ある。
考えるほど苦しくて期待するほど辛くなる、そんな事知ってたのに、どうしてそれが出来なかったんだろう。
異世界という環境に俺が順応してなかったから?
5歳と言う年齢とこの世界の常識という制限に、俺の知識が邪魔をしていたから?
転生という、誰にも言えない秘密を抱えているから?
…いや、違う。
俺が勝手に「出来ないことは恥ずかしい」と思っていたからだ。
今まで
出来ない事や知らない事は、必要ないからとそのまま放置していた。
昔からちゃんと、出来ない事は諦めたり忘れたりしていたのに、プライドが邪魔をして「必要ないから」と言い訳して何でも出来るフリをしていただけだった。
全部俺の思い込み。
そう気づいいて、何だか今まで考え込んでいた俺が馬鹿馬鹿しくなって、思わず笑ってしまった。
「どうしたの?
何かおかしい事言ったかしら?」
「いえ、自分自身の頑固さが可笑しくて、思わず笑ってしまいました。
確かにそうですね、今の私じゃ倒せない魔物も、10年後なら倒せるかもしれませんよね。
今無理矢理戦って、死ぬ必要なんてありませんでした。」
「…フラン、貴女はやっぱり賢いわ。
母の例え話一つで、先程の話の意味を理解してしまうなんて。」
「そんな事はありません・
気付いていたはずのものが、焦りすぎて状況を把握できずにいて、今回の様な事になったんですもの。」
「自分を理解出来たことも、賢いと思った理由の一つよ。」
そう言うと、お母様は私の手を取った。
「いい?フラン。
今後、急いで超えなくてはならない大きな壁が立ちはだかる事があるかもしれないわ。
それこそ、離れてみたり、後ろを振り向く余裕もない程にね。
そんな時は、母やお父様、レイジやリッカ、そして貴女の周りにいる信頼できる人の力を借りなさい。
壁はたったひとりで越える必要なんてないの、皆んなで一緒に越えていけばいいのよ。
それだけは忘れないでね。」
たったひとりで超えなくていい、皆んなと一緒に越えていく…
その言葉を聞いて、気づいたら私は涙を流していた。
「…フラン?」
心配そうに、お母様が私の顔を覗いてきた。
「ありがとうございます、お母様。
本当に、頭も心もスッキリしました。
皆んなと一緒に越えていけばいいのですね。」
そう、お母様、お父様、お兄様、リッカ、そして
「お母様のおかげで、元気が出ました。
本当にありがとうございます。」
「当然じゃない、私はフランの母よ?
娘の笑顔を見たいと思うのは当然でしょ?」
お母様の少し強めの言い方に、思わず二人で笑ってしまった。
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