第6話 宇宙人を招く

 今の龍平の心細い気持ちは、分からなくはない。状況は確かに、あの頃の私に少し似ている。

 私はフライパンで簡単な料理を作り、龍平と二人でそれを食べた。

「料理、上手いな。」

「慣れた。もう三年以上やってるから。」

「三年? ここに住んで三年?」

「ここは今年の春越してきた。大学が近いから。あれからずっと、親戚の叔父さんの家に住んでて。叔父さんも叔母さんも働いてたから、高校に入ってからは、食事は全部用意してた。弁当も作ったりね。」

「すごいな、お前。それ、慣れるのか?」

「うん、まあね。」

「料理じゃなくてさ、生活。その生活、慣れたのか?」

「まあ、それは……」

 私は言葉に詰まり、箸でつまんだ焼うどんの麺を再び皿の上に戻した。

「それは?」

 龍平は私の答えを知りたがった。いつもは興味本位で意地悪そうな龍平も、その時ばかりは違って見えた。

「慣れるわけないじゃん。」

「だよな。安心した。」

 安物の皿に、嫌な金属音がぶつかった。焼うどんに箸を差し出したら、フォークはないか、と言った龍平の皿の上では、丁寧にフォークに巻き付けられたうどんの塊が一つ出来上がっていた。大口を開けて、それを口に含んだ龍平は、ゆっくりと唇を閉じた。咀嚼する口の中の音が、静かな部屋に響いた。

「静かでいいね。」

 龍平がそう言った途端、朝から続く蝉の合唱が耳に入り込んできた。その音だけで暑さが伝わった。

 私は、龍平にベランダのトマトを勧めたが「トマトは嫌いなんだ。」とあっさり断られた。そして「そんなもの育ててるのか?」と私とトマトを馬鹿にするように言った。

「あーあ、この機会に、僕も一人暮らししたいよ。いや、もう一人暮らしになってるか。ははは。金だけ、ないんだった。」

 龍平は大口を開けて笑ったが、すぐに真顔になった。「このままじゃ、大学にも居られなくなるな。」そう言うと龍平は大きく息を吸い込んで吐いた。私は、ずっと返す言葉を失っていた。

 しばらく二人でぼんやりとテレビを見た。時々同じ場面で笑ったりして「この人面白いね」などと、どうでも良い会話もした。

 龍平が好きだというアニメも一緒に観た。結構面白くて「私、来週も見る」と小さな約束をした。狭い空間で、誰にも知られない二人だけの時間を過ごした。

 すっかり陽が暮れ、アパートの扉を開けると湿気の多い空気が肌に触れた。本格的な夏はまだ始まっていない。

 私は、龍平に少しだけ現金を差し出した。

「要らないよ。」

「でも、困るでしょ?」

「いい。何とかするから。」

 龍平はそう言って右手を上げると、アパートの外階段を降りて行った。足元のゴム草履がキュキュと鳴った。龍平の雰囲気とは全く違うポップな様子が、何だか滑稽であった。後姿はやはり、初老の男性に見えたのだ。

 龍平が去った後の部屋は、普段と何も変わらないはずなのに、何かが足りない様に感じた。一人暮らしを初めてから、誰も部屋へ招き入れた事はなかった。どうして龍平を誘ったのか、ただの同情でもないのは確かなのだが、じわりと感じるこの物寂しさはなんだろう。正体が分からず、そわそわとした。夏が終わって秋が来た時の、冷たい空気に頬を撫でられるような果てしなさ、終わりに近づいていく悲しみ? 幼い頃のいつか、味わったような切なさすら、くっきりと思い出された。

 私はベランダへ行き、赤く実ったミニトマトを口に入れた。思った以上に大きく、口角に小さな痛みが走った。口の中ではじけた控えめな甘さが、フレッシュだった。酸味で、頬の内側が少し痛んだ。


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