第4話 宇宙人の魅力
親が政治家だったからと言って、裕福とも限らない。しかし、何一つ不自由を感じた事がなかったのは事実だった。買って欲しい物はすぐに買ってもらっていたし、家に帰ったら、発売前のゲーム機が置いてあったりしたこともあった。それらは大抵、父がどこかからもらってきたものだった。
当時、小学生だった私は、父がどんな人達と関わりを持ち、どんな仕事をしているのか知る由もなかった。市場に出回る前の魅力的なおもちゃは、家にいくつも転がっているのが普通だった。友達に見せて一緒に遊びたかったが、それは禁止されていた。家の外に持ち出すな、自分だけで遊びなさい、という命令は守っていた。
その他、特に良い思い出はない。学芸会では毎年主役を演じていたがそれが父親の影響だったのかもしれない、と気が付いたのは、龍平と再会した、つい最近の事だ。今思うと、いじめられていても良かったのに、そのような辛い事は一度もなかった。それも、もしかしたら父親の存在のせいだったのかもしれない。
私の住む部屋は、3階建てのアパートの3階部分だ。築年数20年以上経っている。アパートの前には数件の分譲住宅が建ち、朝になると小さな子供の声や若い母親の声が響く。隣にはファミリー向けの新しいマンション。人の生活ばかりが羨ましく思われる。広くて綺麗な住居に住まえることに対しての妬み。この人達は、一生ここに住んで、ここで死んでいくのだろう。少し蔑む。むしろ自分の身分を喜んだりもする。私は、4年後には確実にここから居なくなる。
アパートの横にはみ出すように付いている階段を、カンカンと音を立てて三階まで上がる。お気に入りの革靴は靴底が木製で、どんな場所でも存在をアピールしてくる素敵な相棒だ。しかし、この階段で響く靴音は、ただの騒音だった。出来るだけ響かせないように心がけて歩くが無理だ。
龍平は私の後を黙って着いて来た。さび付いた鉄の扉を開け、龍平を部屋に招き入れた。
「いいな、一人暮らしは。」
龍平はそう言いながら、狭い玄関でゴム草履を脱いだ。蒸し暑い部屋にどかどかと入り、部屋に一つしかない窓までまっすぐ歩いて行くと、茶色いカーテンをシャっと開けてベランダからの景色を確かめた。
「そうでもないよ。」
私はそう答え、すぐにエアコンのスイッチを入れた。
「思っていたよりも、狭いのな。」
窓際で振り向いた龍平は、部屋を視線でひと舐めした。
「まあね。」
「もっとすごいマンションかと思ってた。」
「まさか。」
「金には不自由してないんだろ?」
「そんなことないよ。限られたお金を使ってるんだから。」
「限られた? 無限に近いんだろ? もっと良い部屋だって借りれるんじゃないの?」
「無限なんてありえない。毎月貰える額も決まってるし、もう半分はないんじゃないかな。」
「噂でしか知らないからさ、お前の親の事。ひどかったよな、あれは。同情したよ。子供ながらに。」
「覚えてるの?」
「そりゃあ。衝撃でもあったし。」
「あれから、すぐだよね? 引っ越したの。」
「ああ。」
龍平は、部屋の真ん中に敷いてあるカーペットの上に、ドカンと腰を下ろした。
「早いね。小学校卒業してから、もう六年経ったんだね。」
「なに、感傷的になってるのか? 相変わらずだな、お前。昔から、昔話するの好きだよな。」
「そうかな。」
「そうだよ。小学校の頃もさ、幼稚園の時の遠足は楽しかった、あの頃は良かった、なんて言ってたよ。」
「ああ、言ってたかも。」
「年寄り臭いんだよ。」
「父親の口癖だったから。あの頃は良かったって言うの。当時は、それを聞いて、大人はそういう言葉を使うんだ、って思ってた。必死で使って、大人ぶっていたのかも。」
「へえ、お前が、大人ぶって? ちょっと違うよ、ってかっこつけようとしてたの? 笑うわ。」
そう言って龍平は、いつもの厭らしい笑顔を私に向けた。しかし、すぐに静かになって、
「でも、良い事ばかりじゃないからな、昔話も。」
と言った。
「うん。もう、忘れたい。あのことは。」
「忘れられないだろ死ぬまで。いや、忘れちゃ駄目だと思うよ。」
龍平は突き刺すような視線で私を見つめた。吸い込まれそうな、神秘的な宇宙人に見えた。
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