最終回 三島くんは興味がもてない?

 強い北風が全身に当たって自然と私の体が震える。

「うぅ寒い……」

 スカートから伸びる足が寒くて、足をさすって暖める。防寒対策でタイツは穿いてるけど、やっぱり冬真っ盛りの寒さには意味を成してない。それでもソックスだけじゃ太ももの辺りとか剥きだしだからないよりかはマシなんだけど……。テレビでは地球温暖化が~なんて言ってる割には全然寒いってどういう事なのよ。

「やっぱりもう誰もいないわね」

 中庭に入って辺りを見回すけれど生徒の姿はなくて、なんとも寂しげな感じだった。秋の始めには仲良く弁当を食べていた熱々カップルもいなくなってどのベンチもがらんとしている。

 今日は今年一番の寒さだって天気予報で言ってたっけ。早くこんな寒い日は終わりにして春が来てほしいけど、どうやらそれはまだ先らしい。

「まあこんな寒い日に外へ出ようだなんて思わないわよね、普通」

 私だって用事がなければ暖房の効いた教室にいる方が1000倍マシよ。でも、最近はどうしてもそういうわけにはいかないのだ。

「あ、もう来てる」

 目的地にたどり着いて、すぐそこにいた背中を見つける。授業が終わる時間は一緒だったはずなのに、どうして彼はいつも一番に来てるんだろうかとたまに不思議になる。もしかして瞬間移動でも使えるのだろうか。

「おまたせ、三島君」

「ううん。別に、待ってないよ」

 私の挨拶に三島君がこちらを向く。花壇の主である三島君は首元にマフラーをしていつものように花壇に水をあげていた。

 珍しくマフラーを巻いている姿を見ると、やっぱり三島君でも寒さを感じるんだ。って思ってしまった。いつも顔色一つ、体すら震わせずに花の世話をしていたから寒さには強いのかと勝手に思っていたけど、どうやら今日の寒さはダメだったみたい。

 三島君が水を上げている花壇を覗いてみるとそこに花は一輪も咲いてなくて、ただ真っ黒の土が一面に敷き詰められているだけだった。

「まだ芽は出ないのね」

「種を植えたの二ヶ月前だから、芽はまだ出ないよ」

「まだかぁ……」

 しゃがんで花壇の土を眺める私に三島君が答える。

 花壇を荒らされた後、私と三島君は植えていた花をすべて抜いて、新しく花の種を沢山買ってこの花壇に植えたのだ。今度は一から育てようという事で始めたんだけど、芽が出るのには時間がかかるといった三島君の言葉どおり、毎日通っている今でも芽は出ていない。

「あ、そういえば。三島君」

 ふと花壇を見て思い出し口を開く。三島君は特に振り向く事はなかったけれど、私はそのまま言葉を続けた。

「ここが荒らされた後の事で気になったことがあるんだけどさ」

 この花壇を新しくする原因となったあの事件は翌日に荒らした犯人が羽鳥君だという事がすぐに発覚した。初めは違うと否定していた羽鳥君だったが、証拠を先生に見せられた途端、驚くくらい素直に容疑を認めたらしい。あれは三島君が育てていたとはいえ学校の備品だから、羽鳥君に対する処遇しょぐうは厳重注意ほど甘くはないけれど停学まで重い罰ではなく、毎日放課後に各教科の課題をさせられているとのこと。可哀想だとは思うけれど、自業自得だよね、さすがに。

 もちろん羽鳥君がやったことを私は先生に告げ口はしてない。なら一体誰が羽鳥君だと教えたのかというと、なんとそれは三島君だったのだ。

「三島君、もしかして花壇が荒らされていた所、本当は見てたんじゃないの?」

 私の中でずっと疑問に思っていた。どうして現場を見ていない三島君が、羽鳥君が犯人だと先生に教えたのか。私はしばらく考えたけれど、三島君がその現場を直に見ていた以外の答えは出てこなかったのだ。けれど、三島君は首を振って私の考えを否定する。

「見てないよ。はね。それに、大事な花壇が荒らされてじっとしてるなんて僕には出来ないよ」

「まあ、そうよね」

 三島君の言葉に納得して頷く。確かに三島君だったら花壇が荒らされている現場を見た瞬間、後先考えずに飛び出しそうだもんね。

 ……ん? ……その時?

「どういう事? その時って……」

 何か意味のある言葉に私は首を傾げる。疑問を覚えた私を余所に、如雨露じょうろの水をすべてあげ終えた三島君がゆっくりと私の後ろを指差した。

「ど、どうしたの?」

 突然の行動に三島君の真意が分からなくて困惑する私。

「後ろ、見て」

 彼の言葉に私は示した指の先へと視線を走らせる。三島君が指していたのは私が前によく隠れる時に使っていた金木犀の木だった。

「金木犀の木がどうかしたの?」

「木の枝のところ、よく見て」

「枝?」

 言われて私はじっと枝の方を注視してみると、キラリと何かが光った。

 何あれ?

 私はその正体を探るようにもっと目を凝らしてみると木の枝に黒い小さな機械が取り付けられているのが見えた。なにやらレンズみたいなものもつけられていて、さっきの光はどうやらレンズの反射による光みたいだった。

「何かつけてるの?」

「監視カメラだよ」

「へー。あれが監視カメラなんだ。結構小さいのね」

 よくテレビとかで見るけれど、実際で見るとこんなに小さなカメラなんだ。すごく意外。

「ちょっと高いのにしたからね。小さいながら綺麗に撮れるし、範囲もこの木の下から花壇全体を撮れるんだよ」

 少し誇らしげに説明する三島君。

「ふうん。最近のカメラってすごいんだね――え?」

 何気なく答えて、ようやく彼が言った事に気付いて、ぴたりと私は動きを止めた。

「……三島君、今監視カメラって言った?」

「? 言ったよ」

 軽く頷いた三島君に、私はもしかして。と浮かんだ考えを彼に尋ねる。

「先生が見せた羽鳥君の証拠って、もしかして……それ?」

「そうだけど」

 特に悪びれることもなく頷く三島君。確かにそれを見せれば羽鳥君も素直に罪を認めるしかないわよ。

「そ、それってどうなのよ? 校内にそんなのつけてたらさすがに怒られるでしょ」

 場所が場所なら盗撮として停学とかになっちゃうんじゃないの、これ。

 うろたえる私とは逆に、三島君は大丈夫だよ。と落ち着いていた。

「このカメラ、ちゃんと学校に申請してつけてるから。本来はカラスとか動物とかの対策につけていた物なんだ」

「あ、そうなんだ。良かっ……た」

 安堵の息をつく。そうよね、カラスとか動物が持ち主のいない間に何かしたらいけないもんね。と、心の中で納得したら、ふと嫌な予感が私の中に突然生まれた。ちょっと待って、さっき三島君はこのカメラの撮影範囲のことを話してたよね。

「……ねぇ三島君。このカメラってどこからどこまで撮れるんだっけ?」

「あの金木犀の木の下からこの花壇までだけど」

 カメラがついている金木犀の木の下と私達のところを指差して教えてくれる三島君。その言葉に嫌な予感が急速に大きくなっていき、自然と頭の血がさぁっと引いて真っ白になっていく感覚がした。

「どうしたの、和泉さん。顔が青いけど」

「み、三島君。それってまさか……」

「もしかして一人で花を見て、時折話してたことを思い出してるの?」

「なっ!」

 私が思っていたことを指摘されて、顔がボンッと爆発したように熱くなる。

「……それとも、秋くらいからずっと僕のことを観察するように金木犀の木に隠れてた時の事でも思い出してるの?」

「え! 嘘でしょ、そこまで知ってたの?」

「確認してたからね」

「う、嘘おおおおおおおおっ!」

 三島君の言葉に私は思わず顔を覆う。まさか最初からばれてるだなんて……。しかもあの花に話しかけてるところまで見られたとか……今すぐ消えてなくなりたい!

「大丈夫。先生には見せてないよ」

「でもアンタはしっかり見たんじゃない!」

「だって、花壇で何かあったらいけないし……」

「ぐっ……」

 そう言われるとこちらは言い返せない。監視カメラの存在に気付けなかった私の落ち度だ。……ていうか、そもそもこんな花壇なんかに監視カメラを使うなんて考えないでしょ、普通。

「それに僕はまったく気にしてないよ」

 安心して。と勇気付けるようにぽん。と肩を叩かれた。その優しさが今は無性にカチンと来る。

「あんたが気にしなくても私は気にするのよ!」

 キッと強く三島君を睨むけれど特に彼には効果がなく、三島君は顔を私から花壇の方へと変えた。

 あぁ、出来ることなら本当にこのまま消えてなくなりたい。というか穴があったら入りたい。あの時自分がしていたことを猛省するように私は俯いてため息をこぼす。

「……あ」

 そんな三島君が突然驚いたような声をあげた。その声に反射的に私も顔を上げると三島君は目を丸くして花壇を指差していた。

「どうしたの?」

「出てる……」

「出てる? なにが?」

 どういう事か分からず、指された場所を見ると、黒茶色に染まった花壇の中で、たった一つ、ちょこんと恥ずかしそうに緑色の芽が顔を覗かせていた。

「芽が、出てる……」

「土に隠れてて気づかなかったけど、もう芽が出始めたんだ」

 まだまだかかるといっていた花壇に小さな命が顔を出した事が信じられなくて、私は軽く自分の頬を引っ張ってみる。うん、痛い。

「この芽、和泉さんが植えたチューリップだね」

「え?」

 芽が出た横を見ると、そこには小さな看板が立っていて、私の名前が書かれていた。それを見ただけで、嬉しさがじんわりと胸に広がって自然と顔がにやけてしまう。そっか、遂に芽が出てくれたんだ。私が毎日寒い思いして水やりをした甲斐があったんだ。

「和泉さんが植えたチューリップは、確かピンク色だったっけ」

「うん、私、あの色好きなのよ」

 そう、私が選んだのピンク色のチューリップ。沢山あった色の中で、私は一番にこの花の種を埋めた。思えば最初に花壇に植えたのもピンク色のチューリップだったし。私の中では何かと思い入れがあるから。

「あ、そうだ」

 ピンクのチューリップの事で、また私は思い出す。

「気になってたんだけどさ。私と三島君がここで初めて会った時、どうして私にピンクのチューリップの押し花をくれたの?」

 スマホに入れていた押し花を三島君に見せると、彼は考える様子もなく、

「ピッタリだと思ったからだよ」

 と、だけ答えた。

「は?」

 何とも答えになっていない答えに私は気の抜けた声がこぼれた。

「いや、全然分からないんだけど。もっと分かりやすく答えてよ」

 納得いかずに詰め寄る私に、三島君はしばらく顎に手を置き、そうだな。と考える。

 一分、二分と時間が過ぎていく。花の事に関してはすぐに答える三島君には珍しく五分くらい考えてから、

「今は僕にもピッタリだと思うよ」

「だからそれじゃあ答えになってないでしょうが!」

 思わず地面を叩く。どうして分かりやすい答えを求めたらもっと分からない答えを返してくるんだ、この男は。

 そんな私の言葉なんて聞いておらず、三島君は私が持っていた押し花と私の顔を交互に見て、

「やっぱりピッタリだとおもうな、和泉さんには」

「だからその理由を教えなさいって言ってるのよ! もう!」

 結局、三島君はどうして私とピンク色のチューリップがピッタリなのか教えてはくれず、私の叫びが私と三島君だけしかいない世界に響き渡ったのだった。



 

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