第11話 ほんとうは……

「あ……あ」

 あまりの惨状さんじょうに、私は悲鳴とは程遠いうめき声をこぼしながら、ゆっくりと花壇の元へとにじり寄る。花壇を近くで見るとより一層羽鳥君に荒らされた跡の酷さが際立って見えた。

 花びらを辺りに散らし茎が折れて力なく倒れている花もあれば、土の中に埋もれて葉っぱだけが顔を出している花や、根っこごと外に出ている花もある。その景色は死屍累々ししるいるいの墓場のように悲惨なものだった。

「だめ……」

 這うようにレンガの壁を越え花壇へと入る。靴の中に土が入ることなんて気にせず、私はその場に座って土を掘り起こし始めた。

 盛り上がった土を別の場所へとどけて掘り進めながら、無事な花がないかを探す。

 これだけ荒らされて残っている花があるわけない。頭ではそう分かっていても、もしかしたら。という気持ちだけが私の体を動かしていた。

 爪に土が入って嫌な感じがする。でも私は手を止めることなく、一心に土を掘っては埋めて、また別の土を掘り起こして生き残った花を探していく。

 一本でもいい、一本でも無事な花があれば。そう祈るように私は手を動かし続ける。

「あ……」

 ぴたり。と黒色の世界に別の色が見えて、手の動きが一瞬だけ止まった。そこをさらに掘っていくとピンク色の花びらが数枚出てきた。

 まさか……。

 嫌な予感が頭をよぎる。私は震えだした手で急いで辺りを掘り起こしていく。

 まさかまさかまさかまさか。

 自然と掘る手が早くなる。掘る度に私の中の不安は大きく強くなり、そして――予感は的中し、私はあのピンク色のチューリップを見つけ出した。

 私が自分の手で植えた綺麗なチューリップは花びらを全部散らされ、茎もポッキリと折れてその命を終えていた。

 その姿に思わず全身の力が抜けたような感覚に襲われて、両手をゆっくり地面につける。

「私の……せいだ」

 ぽつりと言葉がこぼれる。これは全部、私が招いてしまったんだ。私が三島君と一緒にいたから、この花壇は羽鳥君に荒らされた。このチューリップも私のせいで無残な死を迎えてしまったんだ。

 その現実に目頭が熱くなり涙がこぼれそうになる。自分がしてしまったことの重さに気持ちが押し潰されそうになった。

「……ッ」

 ダメだ。こんなところで泣いてる場合じゃない。私は首を振って泣きそうな目をギュッと瞑って涙を押し止める。腕で強く目を擦って気持ちを引き戻し、もう一度花を掘り起こす作業へと戻った。

 ずっと掘り続けて手が痛い。でもそんな事に構ってる場合じゃなかった。

 見つけないと。無事な花を一本でも見つけないといけなかった。その一心で土を掘っていたら、突然横から現れた手が私の手を優しく掴んできた。

「え?」

 私の動きがピタリと止まり、ゆっくりと顔をあげる。

「み、しま……君?」

 私の手を掴んでいた三島君は、教室にいる時の無表情な顔で荒らされた花壇をぐるりと見渡す。表情こそはないけれど、彼の目にどんな感情が宿っているのか考えるまでもなく分かっていた。

「ご、めんなさい……」

 彼の姿に私は小さく言葉をこぼす。

「全部、私が悪いの……。私が、三島君と一緒にいたから、花壇がこんな事になったの。……ごめん、ごめんね、三島君」

 三島君の顔が見れなくて、私は俯いたまま謝罪の言葉を述べる。

 顔が上げられなかった。

 きっと彼は怒っているに違いない。だって大切にしていた花壇をこんなにも荒らされたんだから。誰だって大切なものを壊されたら怒るに決まっているもの。

 彼の言葉を待つように私はじっと俯いたまま、叱られる子供のように体を強張らせていた。

どんな言葉も受け止めようと思った。怒られたって構わない。どんなに罵られようとも、私はそれを受ける罰があるんだから。

 しばらく待つけれど三島君の動きはない。それでも私はじっとその時を待っていたら、すとんと三島君はなぜか私の横に座りだした。

 顔を上げて困惑する私を余所に、三島君はどこから取り出したのかスコップを持って地面を掘り起こし始める。

「三島、君?」

 何をしてるのか分からずにきょとんとしながら彼の名前を呼ぶけれど、三島君は無言で、私の方すら向かずに黙々と花壇の土を掘っては折れた花を根っこから抜いて拾っていく。その横顔を見ても、私の事を怒っているのか、それとも呆れているのかも分からなくて余計に混乱してしまう。

「知ってるよ」

 と、いきなり三島君がぽつりと呟いた。

「知ってる」

 もう一度、三島君は同じ事を呟く。それは私の謝罪への答えだった。

「もしかして……見てたの?」

「ううん。見てない。でも、そんなの今はどうでもいいよ」

 言いながら三島君は息絶えた花を見つけては、それをまとめて花壇の外へ持っていきそっと労わるように置いていく。

「今は駄目になった花を全部出さなきゃ」

再び私の横に座ってスコップで土を掘っていく三島君。

「でも、でもやっぱり私、謝らなくちゃいけないよ。だって……私のせいで、こんなことになったんだから」

 自然と拳に力がこもる。顔を俯ける私の肩に、ぽん。と三島君の手が置かれた。

「大丈夫。和泉さんは悪くない」

 その言葉に思わず顔を上げる。三島君の表情に少しだけ慈しむような気持ちが混じって私を見ていた。

「例えこれを荒らした原因の一つに和泉さんが関わったとしても、僕は和泉さんのせいだって思わないよ」

「……どうして」

 声が自然と潤みを帯びる。

「どうして、そんなこと言うの……。私、三島君にひどい事言ったんだよ。それなのに……なんで私が悪くないなんて言うの」

 今まで私がずっと抱えていた事を吐き出すように私はこぼす。

「三島君の事を下に見てた。変な奴だって見下してた。私に興味を持たないなんてありえないって馬鹿にしてた。それなのに……どうして、なんで、三島君は私のことを許してくれるのよ!」

 肩に置いていた三島君の手を強く握る。爪を食い込ませるほど強く握って思わず睨みつけた。

「私のことなんて許さなくていいのに……いっそ、いっそこのまま――」

 いっそ罵ってほしかった。お前のせいだ、お前が全部悪い。どうしてこんなことをしてくれたんだ。そう強く言って欲しかった。怒って欲しかった。そうしてくれた方が私は後腐れなくこの花壇とも、三島君ともお別れできたんだから。

 だけど、三島君は私に怯むことなく真正面に私の視線を受け止め、だって。と口を開けて、


「そんなになってまで花を助けようとしてくれてるじゃない」


「…………っ!」

 三島君の言葉が、今まで押しとどめていた涙を決壊させそうなほど強く私の涙腺を刺激した。

「僕のことを悪く言ったって別に構わないよ。悪く言われたって僕にはあんまり興味がないし。でも、大切な花を悪く言われたりするのは嫌なんだ。和泉さんは一度もそんなこと言ってないでしょ? それにこんなになるまで頑張って花を助けようとしてくれてる。だから僕は和泉さんは悪くないって思ってるんだよ」

 我慢しようとしてた私に更なる追い討ちをかけてくる三島君。それでも泣かないように俯いて我慢していたら、三島君が持っていたスコップの持ち手が私の視界に入ってきた。

「使って? 大事な爪がボロボロだよ」

 言われて自分の爪を見る。ネイルはとっくの昔にはがれて、爪の中には黒い土が入り込んでとても汚くなっていた。

「それにこれも使って。手、怪我してる」

 制服のポケットから取り出したのは一枚の絆創膏。ガーゼの部分にお花が描かれていて、とても三島君らしい絆創膏だった。

「もうここの花はみんなダメだけど、今度は一緒に新しい花を植えよう? ね?」

「うん……うんっ」

 その言葉に私は何度も何度も頷いて、渡されたスコップと絆創膏を受け取った。ずっと強く握っていたのか、三島君のスコップの持ち手はほんのりと暖かかった。

「ありがとう……三島君」

 鼻声になる私の言葉に三島君は小さく頷いてくれて、それから私達は予鈴のチャイムが鳴るまでずっと花壇の花を掘り起こす作業を続けていたのだった。


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