第8話 小さな強がり、大きなすれ違い
「羽鳥君、話があるの」
あの事件現場を目撃した昼休み。私は意を決してクラスの中心でご飯を食べていた羽鳥君に声をかける。
「え? 別に良いけど、どうしたんだよ、春奈。そんな真剣な顔して」
私の緊迫した表情に、羽鳥君は少し不思議そうな顔をする。
「いいから。ちょっと来て」
そんな羽鳥君の手を取って私は彼を席から立たせる。
「おいおい。なんだよいきなり。……まさかオレに告白でもしてくれるのか?」
ははーん。と閃いたかのような表情をする羽鳥君。そんな彼の言葉に周りの友達がざわざわを騒ぎ始める。
「お。遂に羽鳥に春の再来か?」
「まさか一度フった相手が逆に告白してくるなんてな」
「おい羽鳥。一度ふられたからってお前からふるんじゃないぞ」
「うるせーよお前ら」
ひゅーひゅーと周りの男子生徒たちから浴びせられるヤジに文句を言いながらも、羽鳥君は嬉しそうにニヤニヤと笑っていた。
いつもだったら私も笑うところだけど、今は全く逆の気持ちだった。
「ほらはやく行こ、羽鳥君」
私は強引に羽鳥君の手を引いて教室を出ていく。出ていく時まで男子が騒がしかったけど、私は無視を決め込んで校舎の外へ。
「で、どこまで連れていくんだよ」
「あまり人のいない所」
それだけ答えて、私は羽鳥君を校舎裏へと連れて行く。ここは校舎からは死角になっており、人も来づらいから告白スポットとかによく使われている。私は毎回告白の度にここを指定されていたから、誰にも聞かれたくない話をする時はここが1番いいと思ったのだ。
「で、どうしたんだよ。こんな所まで連れて
来て。……もしかして、ホントに告白か?」
困っちまうなぁ。と頭を掻きながら浮かれる羽鳥君。今の私の顔を見て
はぁ。と小さくため息をこぼして私は、あのね。羽鳥君。と口を開いた。
「私、見ちゃったの」
「見た? 何を?」
「それはーー」
「あーちょっと待って」
次の言葉を言おうとする私に突然待ったをかける羽鳥君。
「当ててやるよ。えーっと、あれか? いや、あれかも……」
自分の出来事を思い出しながら首を振ったりうねったりする羽鳥君。そんなつまらない茶番に付き合う気がないので、私は無視して話を戻す。
「私見たの。羽鳥君が三島君に暴力振るってたところ」
「……は?」
私の言葉に羽鳥君の動きがピタリと止まり、こちらを見る。
その表情に思わず私は心臓がドクンと跳ねた。羽鳥君の顔はクラスで見せる軽い表情ではなく、それとは全く逆の顔をしていたのだ。
目は鋭く私を射抜いており、まるで睨むような視線は、それだけで私の心臓を力強く握っている感覚に陥ってしまう。
「なーに言ってんだよ春奈」
かと思ったら、羽鳥君は一瞬でいつもの表情へと戻った。まるで、私が今見たのは気のせいじゃないかと思えるほどの早変わり。
「オレがどこでそんな事してるって言うんだよ」
まったく。とため息をつく羽鳥君。私はごくりと生唾を飲んで、更に証拠を突きつける。
「……さっきの休み時間。人気のない廊下で三島君の事何度も踏んでたでしょ。私、見てたんだよ」
「何でオレがそんな事しないといけないわけ? 別にオレとあいつと深い接点なんてないだろ」
「私も知ってる。だから気になってついて行ったらその現場を見ちゃったの」
「おいおい。いくら気になるからって着いてきちゃダメだろ」
そう答える羽鳥君の顔は笑ってはいるけど、それが作り物めいて、私は変な胸騒ぎがしていた。このままこの話をしても大丈夫なのか不安に思いつつも、私は覚悟を決めて羽鳥君を問い詰める。
「ねえどうして? もしかして、最近出来た三島君の傷って全部羽鳥君のせいなの?」
一本前に踏み出した私に、羽鳥君はしばらく黙って、再び頭を掻き始める。
そして、私にも聞こえるほど大きなため息を、まるでめんどくさそうにこぼして、ぽつりと言葉を落とした。
「最近、あいつ調子乗ってんだよな」
その言葉はクラスのみんなと喋る時のように明るく弾むような声ではなく、低くて重たい声だった。もしも声に温度があるなら、彼の声は氷点下のように冷たく、私の背筋に寒いものが一瞬だけ駆け抜けた。
「調子に、乗ってる? ……三島君が?」
「今まではずっと教室でぼーっとしてて、いるのかいないのか分からない存在してた奴がさ。最近妙に活き活きとしてるんだよ。それがなんかムカついたから教えてやったんだ。立場ってやつをさ」
「活き活きとしてるって……それだけでいじめるの?」
確かに羽鳥君の言うとおり、ここ最近の三島君は今までに比べてちょっと雰囲気が変わった。
それはきっと私がお花好きの仲間になったことだろう。でもそんな三島君の変化に気付いてるのは、よく一緒にいた私くらいのものだと思ってた。だって他に気付く人はいると思えないし、なにより三島君を気にする人なんていないと思っていたのだから。
でも実は羽鳥君もその変化に気付いていたらしい。
「いじめじゃねえよ、人聞きが悪いな。あれは教育だよ、きょ、う、い、く」
「教育?」
私の復唱に羽鳥君は、そう。と頷く。
「そう言った態度をするとどうなるかってことを体に直接教えてあげてるんだよ、オレは。どうよ、オレって優しくね?」
「優しくないよ!」
何も悪びれる様子もなく、自分の行いに欠点など一つもないという自信を持つ羽鳥君に、私は思わず声を荒らげる。
「そんなの、全然優しくない! もうそんなことしないで。やめてあげて」
キッと強く羽鳥君を
「何言ってんだよ。別に春奈がいう事じゃないだろ」
「それでもやめてあげてよ。三島君がかわいそうじゃない」
そんな私を羽鳥君は、訝しむように目を少しだけ細め、一歩近づいてくる。近づかれて私は一歩後ずさった。
「てかさ、どうして春奈がそこまであいつの事を気にかけてるんだよ? お前、別に三島と仲が良いわけじゃないんだろ?」
「べ、別にどうだっていいじゃない。た、ただ羽鳥君が三島君をいじめてる現場を見ただけで他に何もないんだから」
「ホントか? ……もしかして、あいつの事を好きにでもなったんじゃないのか?」
「なっ!?」
その言葉に思わず声が裏返る。羽鳥君を見ると、面白そうにニヤニヤした顔で私を見ていた。
「おいおい、もしかして図星かよ?」
「ち、ちがっ――」
否定しようとする私を遮って、羽鳥君は大きく笑い出す。
「マジかよ。まさかこの前のデートの時に好きになったのか? あれから全然そういった話聞かないと思ったら、まさかそんなことになってたなんてなあ」
「だから違うって――」
必死に否定する私の言葉を無視して、羽鳥君は笑い続ける。
「あんな冴えないロボットみたいな奴のことを好きになるとか。超ウケるわ、それ。みんなに伝えといてやらないとな」
じゃあな。と言って帰ろうとする羽鳥君。
「ま、待って! 羽鳥君」
私は急いで羽鳥君の腕を掴んで引き止める。羽鳥君が不服そうな顔で振り返り、何だよ。と不満の声を漏らした。
「お前と三島は付き合ってるんだろ。心配しなくてもクラスのみんなで盛大に祝ってやるからさ」
「そ、そんなワケないでしょ!」
「何言ってんだよ。さっき、その話した時、思いっきり動揺してたじゃねえか」
「す、するわけないじゃない。だ、だいたい私と三島君が付き合ってる? 冗談やめてよね」
はっ。と笑いながら私は続ける。
「あんなの遊びに決まってるじゃない。私が三島君に惚れるだなんてありえないわよ。だってあいつ、花にしか興味なくて私の事全然眼中になかったんだから。あの時だって、私がオシャレしたのに全然気付かないし、連れて行った場所はホームセンターだし。男として最底辺な奴よ」
「うわ、ホームセンターってマジかよ。あいつマジ男じゃねえな」
羽鳥君が思わず引く表情をする。私はまったくよ。とうなづいて更に口を開く。
「そんなあいつに私が惚れるなんて絶対無いのよ。ていうか、惚れてもこっちからお断りだし。今までだって仕方なく相手してあげただけなんだから」
しばらくして呼吸が落ち着いた時、突然、からん。とプラスチックの容器が落ちる音に気づいて、ゆっくりと私は顔をあげた。
「嘘……?」
思わず目を疑った。羽鳥君の後ろ、私達から少し離れた所に見覚えのある姿がそこにあったからだ。
「お、三島じゃん。どうしたんだよここで」
音に気づいた羽鳥君がその人物、三島君に声をかける。
「……別に」
三島君は落とした
「今、お前の事を話してたんだけど、もしかして聞こえてた?」
「ちょっと羽鳥君!」
思わず止めようとする私だったが、三島君は再び小さく首を振って、
「別に聞いてない」
それだけ言って如雨露を拾うことなく足早に去っていった。
「三島君っ」
呼び止めようとしたけど、彼は止まることなく私達の前から消えた。
……嘘だ。だって、あの時一回も私の方を見てなかったんだから。
「じゃあ春奈。オレ、別にあいつを教育するの、やめなくても良いよな?」
「な、なんで。そういう話じゃないでしょ」
動揺する私に羽鳥君は、だってよ。とまた一歩ずつ近づいてくる。自然と足が後ろへと下がり、あっという間に私は校舎の壁に追い詰められていた。
「別に春奈とあいつは付き合ってないんだろ? もしも付き合ってるなら、まぁやめることを考えないこともないけどさ、違うならあいつがどうなろうと春奈は関係なくね?」
「で、でも。そ、それとこれとは話が別で――」
ドン。と私の言葉を遮るように羽鳥君の手が私のすぐ横を通り過ぎた。風の音が聞こえるほどの早さと、壁を叩く音に小さく悲鳴がこぼれる。
「春奈には関係ない。だろ?」
にこりと笑う羽鳥君の顔に思わず背筋がゾクリとした。口はしっかりと笑っているのに、目が全く笑ってなかったのだ。
「あ……あ」
何かを言おうと口を開くけれど、出てくるのは言葉にならない声と呼吸音だけ。
そんな私を
「おっと次体育じゃん。わりい春奈。オレ先に戻るわ」
ころっと表情がいつもの顔に戻った羽鳥君は手を戻し、早足で去っていった。
「あ、ちょっと」
ようやく言葉が出せた私だったが、もうその時には羽鳥君の姿は消えていた。
「どう、しよう……」
呟いて、さっきまでのことを思い出したら、足の力が、すとんと抜けてそのまま地面に座りこむ。
肌寒い秋風が吹き、からからと地面に落ちていた如雨露が小さく動く。
あの如雨露の持ち主のことを考えたら、自分があの時吐いた言葉の重みに潰れそうになった。
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