第7話 疑心
「あ。もう来てたんだ、三島君」
お花好き仲間にされたあの日から数日が経ち、今日も今日とて中庭の花壇。私の中でここに来るのが最近の日課になりつつあることを自覚しながらこの花壇の主に声をかける。
「こんにちは、和泉さん」
私の声に三島君が顔を上げる。まるで今日初めて会ったような挨拶をしてるけど、一応私達同じクラスだからね。それに私、朝にもちゃんと挨拶したからね。と言いたくなったけれど、その言葉をゆっくりと飲み込んで、三島君に合わせてあげる。
「うん、こんにちは――って、三島君、どうしたのその怪我!」
三島君の顔を見て思わず目をむいた。彼の顔にはなぜかたくさんの絆創膏が貼られており、何とも痛々しい様になっていた。服もよく見たらよれよれになっててうす汚い。朝や昼休み前にはそんな怪我なんてなかったはずなのに。一体何があったんだろう。
「別に。ちょっと転んだだけ」
しかし三島君は痛がる様子もなく、いつも通りの口調で答えて花に水をあげる。
「いやいや、転んだだけでそんな怪我するわけないでしょ。ホントにどうしたの」
もう一度尋ねてみるけれど、三島君は黙って水やりを続けるだけ。
「ねえ、三島君ってば」
軽く体を揺すってみても、全く彼は私の言葉を聞いてはくれなかった。ずっとだんまりのまま花に水をやっていて、私の方を見ることもなく、結局その時間中、三島君は何も話してくれなかった。
そして、その日を皮切りに三島君の絆創膏は減るどころか少しずつ貼られる数が増えていった。
「今日はどこで転んだの?」
「体育の時間で転んだ」
またある日、新しい絆創膏を貼った三島君は嘘ばっかりな答えを口にする。
絆創膏は両頬や、額、口元にも貼っていて、いつもなら花の事をペラペラ話すはず彼はあまり口が開けなくて口数も少ない。私と三島君の間には、しん。とした空気が漂っていて、何だか居心地が悪い気がする。
「それで。本当の話、一体どうしたのよ、その怪我。何かあったんでしょ?」
いい加減はぐらかしてくる三島君にイラッとした私は、彼の肩を掴んでこちらへ顔を向けさせる。教室にいる時の無表情な顔が私を捉えたのを見て、私は思っていることを口にする。
「もしかして……三島君、いじめられてるんじゃないの?」
今まで三島君にそう言った話があるのは聞かなかったけれど、三島君のようなタイプはいじめの対象になりやすい。だから私が考えられる理由はそれしかなかった。
「違うよ。そんなんじゃない」
だけど三島君は動揺するでもなく、変わらない表情のまま、小さく首を振る。
「じゃあ一体なんなのよ」
「……和泉さんには関係ないよ」
私から視線を逸らし、肩を掴んでいた私の手から離れる。その言葉と態度がさらに私の中の苛立ちを助長して、私は下唇を思わず噛みながら彼を睨みつけた。
「ああそう! じゃあ知らないわよ!」
ふん。と鼻を鳴らして、私は三島君に背を向けて花壇を後にした。
なによ。人が折角心配してあげてるのに、その言い方はないでしょ。
去り際に一度ちらっと後ろを見たら、三島君は花の水やりを続けていて、その態度にまた少しイラッとしたのだった。
*****
「ん?」
休み時間。お手洗いから帰っていると、見慣れた姿を見かけて足を止める。
「…………あれって」
力なく曲がっている猫背と寝癖みたいなぼさぼさな髪は間違いなく三島君だった。
でも三島君だけなら別に私が足を止める事はない。その理由は彼と一緒にいた人物に向けられていた。
「羽鳥君?」
三島君の隣にいた背の高い男子。どこにいても目立つ金色の髪とだらしなく着崩してる制服。この二つから連想される人物はこの学校では羽鳥君しかいなかった。
なんで、羽鳥君は三島君と一緒にいるんだろう。あの二人が並んで歩く姿なんて今まで見たことがない。
何せ、かたやクラスの中心人物。かたやクラスで浮いてる人物。別の世界にいるような彼等が一緒にいる光景なんて、それこそ私の中では衝撃映像の一つとしてとりあげてもいいほどの光景だ。
羽鳥君は仲良さそうに三島君の肩に手を回して、廊下の角を曲がっていった。一緒にトイレにでも行くのかな。と思ったけれど、トイレに行くにもその道では回り道のはず。
彼等がどこへ行くのかがどうしても気になってしまい、私は教室へと戻るはずだった足を彼等の方へと向けて歩き出した。
曲がり角に隠れながら二人に気付かれないようにこっそりと後をつけて、辿りついたのは人気のない廊下の突き当たりだった。
周りはあまり使われない教室ばかりで、生徒のいる教室からも離れており、人はほとんどうろつかない。そんな場所に何の用があるんだろう。と不思議に思いながら、私は曲がり角からそろりと彼等の様子を窺ってみる。
「……え?」
顔を出して飛び込んだその光景に思わず小さな声が漏れた。
そこでは羽鳥君が三島君の胸倉を掴んで壁に叩きつけている光景が目に入ってきたからだ。
「ちょっと待って、え?」
とんでもない状況に頭が追いつかない。だけど、そんな私を置いて状況は更に進んでいく。
胸倉を掴んでいた羽鳥君は絞めるように強く体ごと三島君の方へと体重をかけていく。苦しそうに顔を歪める三島君が何度も壁を叩いたり、羽鳥君の腕を叩いたりするけれど彼は一向に止める気配を見せなかった。
三島君の壁を叩く力が一層強くなるにつれて顔の苦しさも一層色濃くなっていく。顔がトマトのように真っ赤になり始めた辺りでようやく羽鳥君が掴んでいた手を離した。
支えを失った三島君の体が、廊下に落ちてそのまま倒れる。ごほっ、ごほっという苦しそうな咳き込む音が私の所からでもよく聞こえた。でも、それで終わりではなかった。
咳き込む三島君の体をなんと羽鳥君は思い切り踏みつけたのだ。肩や腰、足にお腹、さらには顔を何回も何回も踏み続ける。まるで物を壊すような力加減で休むことなく三島君の至るところを踏んでいた。
ひ、ひどい……。
いじめなんて生易しいものじゃない現場を見て思わず口元を覆う。どうして羽鳥君がこんなことをするのかが分からない。
今まで見てきた羽鳥君とは百八十度違うその行動に私はどうしたらいいのかも分からず、ただその光景を呆然と見ていることしか出来ずにいた。
そんな中、休み時間を終えるチャイムが人の少ない廊下へ響き渡る。
その音を聞いて羽鳥君が三島君を踏みつけるのを止め、逃げるように急ぎ足でこちらへやって来る。
いけない。こんなところを見られたら大変だ。と、私も逃げるように急いでその場を走り去り、羽鳥君より先に教室へと戻った。
一体どうして……。
自分の席に座ってもその言葉しか私の頭には浮かんでこなくて、教室に帰ってくるなりいつものようにみんなと笑う羽鳥君の顔をどうしても見る事ができなかった。
そして三島君はしばらくして授業に遅刻して戻ってきた。服は薄汚れ、顔には新たな絆創膏を貼った状態で。遅刻してきた三島君の状態に先生が心配そうな言葉をかけるけれど、特に彼は何も言わず、ただ謝罪の言葉だけ述べて授業は進んでいったのだった。
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