第5話 策士、あえて策にのっかる
「……なに、ここ」
たどり着いた場所をみて、私はそんな言葉をこぼさずにはいられなかった。
私達は今、車が何十台も止められる大きな駐車場にいる。
眼前には学校並みに大きな建物。そこにはデカデカとよくCMで見る青いMが書かれたロゴマークが飾られていた。
「何って、『マスト』だけど」
私の呟きを律儀に三島君が答えてくれた。
「うん、知ってるよ。ここがマストだって。CMでやってるのも知ってる」
暮らしを支えるショッピングセンターマスト。日用品から工具、木材に家具が揃えられている所謂ホームセンターだ。一応私のいる町にあるのが本店でその品揃えは日本一らしい。私は一度も来た事がないから知らないけれど。
「そうじゃなくて、どうしてマストに来たのかが知りたいんだけど」
「どうしてって……買い物に来たんでしょ?」
「え?」
「町へ行くって言ってたから買い物に行くんだと思ってたんだけど」
「いや、どうして買い物がホームセンターになるのよ。普通買い物って言ったら――」
「植物の種とかガーデニングの工具でしょ?」
……あぁそうでしたね。貴方はそういうのが好きなんでしたね。 何食わぬ顔をする三島君に私は何も言い返すことが出来なかった。
どうしてそういうところに気付かなかったんだろう、私。これは完全に失態だ。
「じゃあ早速買い物しよっか」
表情はそのままだけど、少し楽しみな感じで店内へと入っていく彼の背中を見て、私は小さくため息をこぼしたのだった。
……どうしよう。会ってまだ1時間も経ってないのに、もうすごく帰りたい気持ちになってきた。こんな気持ち初めてだ。
「……はぁ」
ため息がこぼれる。ここに来て一体何回ため息がこぼれたんだろう。数えようとしたけど、十回は超えてそうだったから止めた。
私はマストの外にある休憩所のベンチで一人座っている。三島君……いや、あいつはいない。多分マストの中で楽しく買い物でもしてるんだろう。
初めの方は仕方なく付き合ってあげてたけど、売っているのは工具とかガーデニング用品ばかりで最高につまらない。それなのにあの男はまるで宝の山にであったように目を輝かせながら一つ一つ商品を平均5分くらい見るものだから、私は付き合いきれずにここへ逃げてきたのだ。
「何でこんな事になっちゃったんだろう」
呟いて空を仰ぐ。最初の頃は良い天気だなと思っていた抜けるような青空も、今では苛立ちを除長するものでしかない。こんな天気の日に何やってるんだろ、私。
思えば今日、三島君とであったからここまで一度も私の思い通りに事が進んでない。私の服装にも関心がないし、行先は決められるし、私の存在よりもガーデニング用品を取られるし。
今までだったら必ずどこかで私の作戦が上手くいって相手は私のペースに飲まれるはずだった。なのに、今はその私が逆に飲まれてる。あいつのペースに完全に飲まれている。それがただただ悔しかった。
「あーもう。悔しい」
苛立ちをぶつけるように地団駄を踏む。だけど私の全然気持ちは晴れなかった。
「……やっぱりあんな奴、振り向かせるなんて無理だったのよ」
あの時、三島君を虜に出来るなんて思ってたのはただの気の迷いで、やっぱりあいつは植物にしか目がないロボットなんだ。もうそうとしか思えない。そう思ったら今まで保っていたモチベーションが氷点下へ落ちる勢いで冷めていくのを感じた。
『三島から眼中にない扱いされて不機嫌になりながら帰って来る春奈の姿しか想像できないぞ』
朝、羽鳥君に言われた事が予想通りなのも更にムカつく。これじゃあ羽鳥君をぎゃふんと言わせるどころか、それみたことか。と逆に笑われてしまうだろう。それもまた悔しい。
「……帰ろ」
自分が今までどれだけバカなことをしていたのかに気付いて冷静になった私は、そう呟いて立ち上がろうとしたら、
「あ……」
「ひゃっ!」
立ち上がった拍子に、ほっぺたに何か冷たいものが当たって思わず驚いた声とともに動きが止まった。
「え? 三島君?」
なにが来たのか確かめるように顔をあげると、そこにはマストで買い物をしていたはずの三島君が立っていた。
「ビックリした……」
「それは私の台詞。何か用? 買い物してたんじゃないの?」
今までのような親しみのある声なんて使う気もなく、私はつっけんどんな感じで尋ねる。が、三島君はそんな私の変化に動じることもなく、
「買い物は終わった。それでこれ、あげようかと思って」
そう言って私に差し出したのはオレンジジュースの缶だった。さっき私のほっぺたに当たった冷たい物はどうやらこれだったらしい。
「……別に欲しいなんて言ってないんだけど」
「今日暑いから水分補給しなきゃって言ったでしょ」
それに――。と三島君は続けて、
「僕ばかりはしゃぎすぎてて、ちょっと申し訳ないなって思って。……ごめん」
そういって少し頭を下げる三島君に、私は思わず次の言葉を忘れてしまった。だってまさか、あの三島君からそんな他人を気遣うような言葉が出るなんて思ってもみなかったのだから。
「今度はきっとお互いに楽しめるところに連れて行くから。だから、これ」
受け取って。と言うように向けられる缶ジュース。
私はしばらく缶ジュースと三島君の顔を交互に見た後、奪うように缶を受け取って缶を開けるや思い切り傾けて喉へと流し込む。口の中がみかんの甘酸っぱさが広がって思わず顔を顰める。
「……わかったわよ」
ふう。と息をついて私は呟く。
ここまで来たら彼のペースにとことん乗ってやろうじゃない。そこから逆に私のペースに誘い込んで逆転勝利を見せてやるわよ。そう決意を決めて、私は三島君を睨むように見て、
「私も楽しめる場所じゃなかったら怒るからね、三島君」
ビシッと指差す私に、三島君はうん。と頷いた。その絶対的な自信に思わずぐぬぬと顔が歪んで、私は飲み干したジュースの缶をゴミ箱に捨てる。
「あと、ジュースご馳走様でしたっ。ほら、さっさと案内して」
急かす様に言って私と三島君は次の場所へと向かったのだった。
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