第4話 策士、策を弄する(成功するとはいってない)
あのロボットとも言われていた三島君と出掛ける日の朝。
「髪よしっ」
私はシュシュでまとめたサイドテールを触る。くせっ毛も枝毛もないことを確認して、うん。と満足げに頷いた。
「メイクよしっ」
リップ、チーク、アイシャドウと指でその場所を確認しながら私は再び頷く。今日のメイクはガッツリするのではなく、少し色を足したりする程度のメイクにしてみたけど、うん、ばっちり。
「服装よし」
紺色の落ち着いた色の膝丈まである長袖のワンピースに、黒のサイハイソックス。ワンポイントに小さな白い帽子も用意。
「うん。上出来だわ」
姿見の前で一回転して私は満足げに頷く。
きっとこの私を見れば、絶対に三島君もときめくはず。今の私にはそう思えるだけの謎の自信に満ち溢れていた。
「でもちょっと行くにはまだ早すぎかな……」
壁掛け時計に目を向けると、三島君との待ち合わせの時間はまだまだある。このまま時間まで家で待つのも暇だけど、だからといって別に寄る場所もない。
「あ、そうだ」
ピカンと頭に電球が光った私は、すぐに机に置いていたバッグを手にとって足早に部屋を出て行った。
*****
三島君と待ち合わせをしているのは駅の前にある広場だった。駅前だけあって人通りは多く、昼夜を問わずたくさんの老若男女が通り過ぎていく。
そこの目印である
時折こちらに視線を向けられているのを感じながら、私は近くに建っている建物の窓ガラスに映っている自分を見て、今日のコーディネイトに対する完成度に満足していた。うんうん。やっぱり何度見てもいい服のチョイスだわ。
ちなみに待ち合わせまでまだ三十分はある。普通ならまだ家でのんびりしてもいいのだが、私は敢えて、彼よりも早く待ち合わせ場所へ行くことで、『今日が楽しみで早く来ちゃった』という感じを伝える作戦に出たのだ。そう思われて嬉しい男がはたしているだろうか。いや、いない!
そんなことを思いながらしばらく行き交う人々を眺めていたけれど、流石に十分も立ち続けていたら、少し疲労感が出てきたし、代わり映えのない景色にも飽きてきたなぁ。と欠伸をこぼしていると、
「あれ? 春奈じゃん」
「え?」
突然名前を呼ばれて振り向くと、そこには見覚えのある金色の髪をした少年が立っていた。
「羽鳥君?」
よっ。と気さくに挨拶してきたのは
社交性はあるし、クラスの中でも人気がある。だけど少し不真面目で、たまに先生の話を聞かずに授業を脱線させたり、変な所で場を乱す事があるのが欠点だけど。
もちろん彼にも私は告白されたことがある。その時は断ったけど、私たちは今でも喋る仲でたまに遊びに出掛けたりもしている。
「どうしたんだよ、こんな所で」
「羽鳥君こそ。こんな時間にどうしたの?」
「同じ中学のダチが遊ぼうって行ってきてさ。そこに行くとこ。春奈こそ、そんなオシャレしてどうした。誰かと会うのか?」
「うん。三島君と会うんだ」
私の言葉に羽鳥君が、は? と驚いた目を向ける。
「三島ってあの三島か?」
「そうそう、あの三島君」
頷く私だが、未だに羽鳥君は驚愕の顔から戻ってこなかった。まぁ、その反応するのも無理はないもんね。
「どういうことだよ。あいつ、植物以外に興味ないって春奈も知ってるだろ?」
「知ってる、知ってる。でも私、今のところ彼にだけ告白されてないのよ。それがすっごくムカつくから、今日で私の虜にしようと思ってるわけ」
それを聞いて羽鳥君は、呆れたような、困ったような、よく分からない表情で額に手を置き、
「無駄だと思うぜ? あいつの植物以外の興味のなさは異常だぞ」
「うん、知ってる……」
羽鳥君の言葉に私は、少しブルーな気持ちで頷く。それはもう嫌というほど身に沁みてるから。
「でも、やっぱり三島君も人間で男の子なんだよ。絶対私の魅力にときめくはずだから」
花のことを語る時の三島君を思い出し、自信満々に語る私を、羽鳥君はどこからそんな自信があるんだよ。と、少し呆れたように呟いた。
「オレには、三島から眼中にない扱いされて不機嫌になりながら帰って来る春奈の姿しか想像できないぞ」
「言ってくれるね、羽鳥君。だったら見てなさい、今日で三島君を私の虜にしてやるんだから」
「はいはい、頑張れ頑張れ」
子どもをあしらうように羽鳥君は私の頭を軽く撫でる。その態度が気に食わなくて、むー。と私は抗議の声を上げた。
「じゃあオレ行くわ。むくれて帰るなよ」
「帰らないったら!」
去っていく羽鳥君の背中に向けて声をぶつけてやったけど、特に羽鳥君は気にすることなく駅の中へと消えていった。こうなったら、今日は三島君を私しか見えないようにしてやるんだから。羽鳥君にぎゃふんと言わせるためにも絶対に!
「……おはよう」
「うひゃあっ?」
頑張るぞ。と、やる気を出していた横から突然声をかけられて、思わず変な声と共に飛び上がってしまった。
「み、三島君……いつの間に来てたの?」
私の隣にいた三島君に驚く私とは逆に、三島君はいつも通りの眠そうな顔で呟くように答える。
「さっき来たばかりだけど」
「そ、そうなんだ」
全く気配を感じなかった。流石影の薄いクラスメイト。完全に空気と一体化してたよ。
「わあ、三島君。良いファッションしてるんだね」
落ち着いて三島君の姿を見たら、自然とそんな感想が出てきた。いつも制服姿だったから三島君の私服を見るのは初めてだけど、割と良い服のチョイスだった。白のTシャツの上にグレーの薄いジャケットを羽織っており、ズボンは紺のジーパン。私が予想していたのはもっと子供っぽいよく分からない英語が書かれたTシャツとか、ファッションセンス皆無の服装だったから、これは本当に予想外で、三島君ってこういった服とか着るんだなぁ。ってちょっと見直してしまった。
「あ、これ母さんが買ってきてくれたものなんだ」
前言撤回させて。
「そ、そう。いいお母さんだね」
少し口元が引きつりながらも私は笑顔で返す。
「それにしても、今日は晴れてよかったね。寒いかと思ったけどちょっと暑いくらいだよ」
話題を変えるように私は定番の天気の話を持ちかけて、空を見上げる。
天気は快晴。澄み切った青色が広がっていて、時間が経つごとにお日様の暑さがじわじわと上がっていく。
私は手で顔を仰いでみたり、頭の帽子を弄ってみたりして三島君に視線を向ける。
「そうだね。こまめに水分補給とかしないとだね」
私の方を見るも、三島君はいつもと変わらない口調と表情でそんな返答をしてきた。
いや、回答としては間違ってないよ。間違ってないけど、他に言うことないの? これでも結構髪型とかメイクとか頑張ったのに、その事に触れる気が全くないのが表情で分かってしまう。だって三島君の顔がさっきから寸分も変わってないんだもん。
三島君のいつもの洗礼を受けて肩を落としそうになる。しかし私はまだ諦めてなかった。
そう、これは彼を私の虜にするために仕向けた作戦。まだまだチャンスはたくさん転がっているはずだから。
「じゃあまずどこへ行こうか?」
気を取り直して三島君に尋ねる。一応聞いてはみるものの、こういう時男の子はどこに行くかまず頭の中で考える。たくさんの候補を探して時間や雰囲気に合った場所を選択するだろう。だけど、私はその間に自分の知っている近くのお店を提案するのだ。
そうすることで、相手は十中八九その場所に行こうと提案を呑むだろう。場所が決まれば特に問題はないし、何より相手から行こうと言われたら断りづらいから。
そうなればもう私の作戦通り。相手は完全に私のペースに乗せられているから、後はゆっくりと私の思うままに進めれば完全勝利。別れ際に告白をする展開がいつものパターンなのだ。さぁ考えなさい三島博人。その瞬間が貴方の負けとなるのよ。
「……こっち」
「は?」
しかし、三島君は全く考えることもなく、私の前を行き歩き出した。まるで初めから行く場所を決めていたかのような行動だ。
「え、ちょっと待ってよ」
呆気に取られた私だったが、すぐに彼を追いかけるように歩き出す。
意外だと思ったけど、まぁこういった予想外の男の子が今までいないわけじゃなかったし。逆に一体どういった所に連れてってくれるのか少し楽しみでもある。
喫茶店かな。それとも無難にショッピングモール? なんてことを考えながら私は彼の少し猫背な背中を追いかけたのだった。
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