第3話 駄目だと思っても意外と上手くいったりする
「三島くーん」
昼休み。私は中庭に入って真っ先に、手を振りながらいつものように花壇の前でしゃがんでいる背中に声をかけた。
寝癖の残ったぼさぼさ髪をした彼は、私が近づいたことなんて気づいてない様子で花壇に水を撒いていた。
「み、し、ま、君」
反応がなかったから、耳元で彼の名前を呼んでみる。普通だったら飛び上がったり、変な声を上げる反応を見せるはずなのに、三島君はそんな素振りを一切見せず、ゆっくりと私のほうを向いた。
「えっと……あぁ、君か」
今一瞬、誰だこいつ。みたいな顔をしたよね。私のことが分かってなかったよね。
三島君は思い出したような表情をした後、再び水撒きの作業に戻った。反応の薄いその対応にカチンと来たけど、私はその気持ちを押しとどめる。
落ち着くのよ、春奈。今までの彼の対応に比べたら、今日のは随分マシになったじゃない。
言い聞かせるような自分の言葉に私はカッとなりかけた気持ちを落ち着かせることが出来た。
そう、私が思っていた以上に、三島君にとって興味のないものへの対応はあまりにも酷かったのだ。
日にちは三島君が人間らしい顔をする事を知った翌日まで遡る。
私は意気揚々とした気持ちで、中庭の花壇へと足を運んだ。昨日の彼の変わり様には驚かされたけれど、もう大丈夫。そんな強い自信を持って、私は三島君に声をかけた。
「三島くーん! こんにちは」
自分でも元気がいいと思える大きな声に、三島君が珍しく反応して振り返る。
「今日も来ちゃった。一緒にいても大丈夫?」
彼の隣に立って、上目遣いに尋ねる。さりげなく私の魅力を押し出した表情を見て、三島君はゆっくりと口を開いた。
「…………………………誰?」
「………………………………え?」
眉間を少しだけ険しくさせた顔で私を見る彼の表情に、思わず自分の耳を疑った。
「や、やだなぁ。私だよ、和泉春奈。昨日お話したじゃない」
簡単な自己紹介をしても、三島君は警戒した雰囲気を和らげることはなかった。
「ちょ、ちょっと待って。もしかして、覚えてないの? 私のこと」
自分を指差す私の質問に、三島君はこくりと頷く。
「じゃ、じゃあこれ。昨日三島君から押し花を貰ったんだよ。覚えてない?」
はっ。と気付いて私はスマホのケースにしまっていたチューリップの押し花を三島君に見せる。それ見た途端、三島君の表情がまた少しだけ険しくなるが、
「……あ、君か」
思い出した顔で手を叩く三島君に思わず絶句する。
花以外に興味がないことは知っていたけど、まさか人の顔すら覚えてないって……。これでも3ヶ月以上同じ教室で顔合わせてるのに、顔すら覚えられてない私って一体……。
三島博人……思った以上に手ごわい男だわ。
でも、そのやり取りがその日だけならまだ良かった。だが、彼は翌日もその次の日も同じように私のことを覚えていなかったのだ。声をかけると、誰だ。といわんばかりの視線を彼は向けてくるのだ。お前はボケが始まったおじいちゃんか! と思わず言いたくなる。
その視線を向けられる度に、私は貰った押し花を見せてあげると、ようやく思い出したように警戒心剥き出しの視線が止まってくれた。どうやら私の顔よりも、押し花だけで誰かを判断しているらしい。ホントになんなんだ、この男は。
毎回毎回証明書のように押し花を見せる日々がずっと続くのかと思っていたけれど、ようやくその日々が今日終わりを迎えたのだ。なにせ、今まで押し花にしか視線を向けなかった三島君が私の顔をじっと見て判断したのだから。毎日めげずにここへ足を運んだ甲斐があったよ。
「とは言っても……」
隣で三島君の方を見るけど、彼はあれから一度も私の方を見ようとはせず、
こっちはいつもあんたをその気にさせるためにメイクとか髪型に気合入れているのに完全に無視と来た。この野郎。
だけど、やっぱり話してる時の顔は悪くないんだよなぁ。
悔しいかな、花の薀蓄を披露する時の三島君は、まるで夢物語を語る子供のように純粋で、楽しいという彼の気持ちがその横顔を見るだけでも充分に伝わってきてしまうのだ。
こんな表情を近くで見せるという事はそれなりに私の事を信頼してくれていると思っていいんだよね。教室ではこんな顔、微塵も見せないし。
だけど、彼に信頼されているから、私の作戦が上手く行っている。というわけでもなかった。というか現状はむしろその逆で、警戒心がなくなった三島君は私が何かを話すよりも前にマシンガンのような花の薀蓄を語ってきて、こちらが口を挟む暇もなく昼休みが終わってしまうのだ。なので未だに私は彼をモノにする作戦を何一つこなせていない。
だから今日の彼の反応を見て、私はもう少し三島君との距離を近づかせて私に興味を持ってもらうことを決めた。私を虜にするための第二ステップだ。
と、考えたまではいいけど実際何をするべきなのか、肝心の内容が思いつかなかった。
うーん……。男の子と女の子がより親密になる、または仲良くなる手段といったら……。
――そうだ、一緒に出掛ければいいじゃない。
何事も一緒に行動することで、おのずとお互いのことを理解するって、何かの本で読んだことを思い出す。そうだ、それにしよう。
うんうん。と頷きながら今後の計画方針が決まると、やる気がメラメラと燃えてきた。が、すぐに私は大きな難関が立ちはだかっている事に気付く。
どうやって三島君を誘えばいいんだろう……。
男子を誘うことなんて、私にとっては朝飯前のことで、今までは特に考えなくても相手は必ず応じてくれていた。
だがしかし、今回の相手はあの三島博人だ。今までの私のアプローチを完全に無視し、無にしてきた強敵だ。花にしか興味がない彼が普通に誘ったところで来るとは思えない。
そもそも三島君って、休日に出掛けたりするのだろうか。ずっと家で自分の育てた花とか眺めてるイメージしか湧かないんだけど……。
とりあえず来てもらえるプランをいくつか考えようと思い、私は頭の中で誘う場面をシミュレーションしてみた。
プランA
『三島君、今週の日曜日って暇? よかったら私とデートしない?』
……うん。絶対興味ない反応しか返さないわ。ガン無視を決め込む三島君の姿がすぐに浮かんでくる。なし。
プランB
『ねぇ三島君って休日とか何してるの? 私? 私はね、町で遊びに行ったりしてるの。三島君も一緒に町へ行かない? ねぇ行こうよ』
……ちょっと強引過ぎかも。それに、こういう絡みってウザがられたりするって言うし。これもなしね。
プランC
『三島君ってお家でもお花を育ててたりしてるの? 見てみたいな、私。ね、今週の日曜日見に行ってもいい?』
うーん。多分成功率はさっきの二つよりかは遥かに高いはず。花が絡めば三島君は反応するはずだから。
でもこの場合、三島君のお花薀蓄を延々と聞かされるだけで、私の目的とはかけ離れた結果になりそうなのも目に見える。うん、これもなしだ。
同じように花のある場所に行くのもダメ。今回の目的はあくまでも私を意識してもらうことが大前提なんだから。他のものに興味をもたれたら意味がない。
ちょっと待って……。そう考えたら全然思いつかないんだけど、誘い文句。
もうこの際、植物の種あげるから出掛けようって言ってみようかな。花が絡んでるし来そうな気はしないでもないけど。
あぁもう全然ダメだ。考えれば考えるほどどれが良いアイデアなのか分からなくなっちゃうよ。
というか本当に私が考えたプランで三島君が、行く。なんて言うことすら怪しい。彼が花以外になんの興味を示さないってことをもう忘れたの?
そう思ったら、さっきまで滾っていたやる気が、空気の抜けた風船のように萎んでいくのを感じた。
そうよね、あの三島君だもん。変に力を入れたって、いつものようにサラリとスルーされるに決まってるじゃない。
だからもう私は、考えていたプランを捨てて、独り言のように小さく口を開いた。
「ねえ、今週の日曜日、町へ行かない?」
「……いいよ」
ほらやっぱり無視だ。まあ知ってたけどさ。
知ってはいたんだけど返事が、いいよ。だけなんて素っ気無い感じで答えるのはどうかと思うんだけど。
…………………………………………?
「え?」
何か私と思っていた答えとは違う返答が聞こえて、思わず顔をあげて三島君を見る。が、彼は花壇の前で花の様子を眺めているだけだった。
「み、三島君。今、なんて?」
「何って?」
ぱちぱちと目を
「今さっき、私の言葉に何て返したの?」
「いいよって言ったんだけど」
無感動の表情でいう言葉はやっぱり聞き間違いなんかじゃなかった。
「そ、それって。私と町に一緒に行こうってことで、いいのかな」
一つ一つ確認するように私は尋ねる。三島君は小さく頷いて、そうだけど。と答えた。
「う、嘘……」
夢じゃないか私は小さく頬をつねってみる。うん、痛い。
まさかの一発OKだなんて……。なんだ……変にプランとか考えなくても良かったんじゃない。
取り越し苦労にため息がこぼれるけど、それ以上に私の中ではあの三島君が私の申し出に応じてくれたことが嬉しくて、それに比べればそんな取り越し苦労や、さっきまで落胆していた気持ちなんてどこか遠くへと吹き飛んでしまったのだった。
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