第2話 ロボットがバグった
もう一度、木陰から顔を出して、私は目標の姿を確認する。依然彼は花壇から離れてはいない。別の苗を植えてるらしく、また慎重に苗の入ったカップを外す作業をしていた。
それを確認して、私は軽く咳払いをこぼして気合を入れて木陰から出ていく。
「あ、三島くーん」
今まさに偶然通りかかった風を装いながら私は彼の元へと近づいた。
「奇遇だね。こんな所で会うなんて。何してるの?」
いつもより少しトーンを上げて、可愛さを前面に出した声で尋ねる。
「…………………………」
しかし、彼は私の存在に気付いてないように苗を植えてその穴を埋めている。
「三島君? ねぇ三島君」
私の声は絶対に聞こえているはずだが、彼はこちらに見ることなく黙々と次の穴を掘っていた。なにこれ、完全な無視を決め込んでるの? 一発殴ってやりたい気持ちがふつふつとこみ上げて腕が勝手に動き出す。でも、何とかそれを振るう前に踏みとどまって、私はゆっくりと深呼吸して固めた拳と気持ちを落ち着かせる。
そうよ、落ち着くのよ春菜。この展開はどっちかって言うといつも通りの三島君なんだから。アプローチの時にさんざん経験したじゃない。
「ねーえ。三島くん、何してるの?」
ゆっくりとしゃがんで、今度は顔を覗き込みながら彼の名前を呼ぶ。この体勢ならきっと彼は私の事を無視できないはず。
眠たそうな目にぼんやりとした瞳。眉も瞼も平坦で活力の欠片もなさそうなその表情がようやく私の存在を捕らえたのか、彼はゆっくりと私の方を見て、重そうな口をゆっくりと開いた。
「花壇に花を植えてるんだ」
その一言を口にしただけで彼は植えた苗の周りに土をかける作業へと戻った。もうこれ以上私と会話する気はない。そう言ってるような雰囲気に私は少したじろぐも、
「そうなんだ。私もお花好きなんだ。可愛いよね」
別に花とかそこまで好きじゃないけれど話をあわせるために適当に頷いておく。悪いけどこの程度で諦めるなんて選択肢は私の中には存在しない。このまま一気に攻めさせてもらうわよ。
「でも、そういうのって、スコップとか使わないの? 軍手じゃ汚れない?」
私の質問に三島君はぴたりと、作業の手を止めた。さっきまでまるでロボットのように同じ動作をしていたから、突然その動きが止まったことにビックリしてしまう。
も、もしかして壊れちゃった? どうしたのかと焦る私を余所に、三島君はゆっくりと私の方へと顔を上げた。
な、なに……? 私、何かまずいことでも言っちゃったの? 表情の分からない彼の顔に少し身構えていると、三島君の重そうな口が緩慢に開くやいなや、
「うん。確かにスコップを使っても良いんだけどね、やっぱり僕としては土を手で触る事に意味があると思うんだよ。自分の手でこうやって土を掘って、花を植えることでこの子達の新しい家を作ってあげたような気持ちになるんだ。それにね――」
「………………え?」
無表情だった彼の顔に突然、生気が宿り、眠たそうな瞳が一瞬にしてキラキラと光りだしたかと思ったら、いきなりペラペラと三島君は饒舌に喋り始めた。
ホントに壊れたんじゃないの。と疑いたくなるほどの豹変振りに、私の口が自然と間抜けそうにぽかんと開いてしまう。
だって、常に無表情で、三秒以上喋ることなんて授業の音読以外には聞けないはずの彼の声を、しかも感情が宿った声を聞いてしまったのだ。壊れたとか、バグったと思うのも無理はないはず。
未だに驚きから帰ってこない私を余所に三島君はこの土の種類がどうだとか、花一つ一つに表情が違うのだ。とかよく分からないことを早口で熱弁しており、喋っている彼の楽しそうな表情に私は呆然と聞くことしか出来ないでいた。
別に彼のその表情に見蕩れていたわけじゃない。これはきっと、奇跡的な瞬間に出会った時の驚きに似ている。
「あ、そうだ。良かったら、これ」
一通り喋り終えた彼が、ふう。と一息ついて、何かを取り出してきた所で、ようやく私は帰ってきた。差し出されたのは一枚の押し花だった。
「あまり僕の話を聞いてくれる人っていなくて、誰もこの花壇にやって来てくれないからちょっと話しすぎちゃった。これ、僕が作った押し花なんだ、良かったらどうぞ」
「あ、ありがとう……」
半ば促されたように私はその押し花を受け取る。話の九割以上は全く頭に入ってこなかったけど、一応頷いて私は受け取った押し葉に目を向ける。少し大きめの長方形をした厚紙に納められていたのはピンク色の大きな花びらが特徴の花。これって……
「チューリップ?」
そうだよ。と三島君は頷いて、
「チューリップは色によって花言葉が変わるんだ。赤は永遠の愛。黄色は名声。白色は純粋。そしてそのピンク色は優しさ。思いやり」
まるで暗記しているかのようにつらつらと花言葉を口にする三島君。その時の表情も今まで見たことないくらい楽しそうで活き活きとしていた。
「他にも――」
と言ったところで昼休みの終わりを告げる予鈴が中庭に響き渡った。
「あ、もう時間だ。ありがとう、僕の話を聞いてくれて」
テキパキと自分が持ってきていたカップの鉢を集めて、三島君は花壇から急ぐように去っていった。
「ちょっ……」
まるで台風のように去っていった彼を見送ってしまい、花壇の前に残される私。
呼び止めることも出来ず残された私は、半ば強引にもらった押し花に視線を落とす。これを見ると頭の中で活き活きと花の話をしていた三島君の顔が鮮明に浮かんできた。
「なんだ……ちゃんと人間っぽい顔、出来るじゃない」
それを思い出したら何だか、ふふっ。と小さな笑みがこぼれた。
ロボットだとか植物人間じゃないれっきとした人間の表情。それを頭の中にしっかりと保存して私は貰った押し花をスマホのケースに入れて立ち上がった。
中庭にいた生徒達が戻る波に便乗しながら、私は最後に一度花壇を見る。いくつかの花が植えられた小さな花壇。そこにいた変わった少年。
また明日、花壇に行ってみよう。自然と私はそう思った。
ここに来たら、また彼のあんな表情が見れるから。と思ったし、何より、ちゃんと感情があるなら私を虜に出来る気がすると思ったからだ。
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