三島くんは興味がもてない
二四六二四六
第1話 土に負けた女
中庭にある
赤いレンガで覆われた横長の花壇。そこに一人の男子生徒の背中が見えた。
猫背の姿勢で、少年は軍手をつけた手で花壇の土を掘っている。
まるでなにかに取り憑かれたような表情で一心に土を掘り続ける男の子は、突然ぴたりとその手を止めた。
軍手についた土を払うことなく、彼は近くに置いてあった黒いカップに植えられていた花の苗をそっと手に取って、慎重に、壊れ物を扱うようにカップから苗を離していく。
入れ物が完全に苗から離れると、カップと同じ形をした土が姿を現し、彼はそれをジッと見つめると、依然慎重な動きで花壇の方へと持って行く。
そろり、そろりと先ほど掘った場所に苗を入れて彼は苗の周りに土をかけて穴を埋めていき、最後に手で土を優しく叩いて平らにしていった。
それが終わっても、彼は一息つくことなく、今度はその横の土を掘り始めてまた苗を植えていく。
まるで機械のような同じ動きにどこか薄ら寒さを覚えながら一連の動作を見続けていたけれど、私はなんでわざわざ彼が手でやる必要があるのか理解できないでいた。
普通そう言うのってスコップとか使うんじゃないの? という疑問が浮かぶのは私だけじゃないはずだ。……まあ私はスコップを使う使わない以前に、あんなきったない土なんか触りたくないんだけど。
「どうやら、ホントに植物……というか、花が好きなのね」
金木犀の木陰に顔を引っ込めて、私はスマホに挟んでいた一枚のメモ紙を取り出す。
「私じゃなくて花に好意を持ってるとか、ほんとに信じられないわ」
憎々しげに呟くと、気持ちが手にも伝わったように持っていた紙が、くしゃり音を立てて私の手の中で握りつぶされた。
「あ、いけないいけない」
我に返り急いで皺のできたメモ紙を戻す。これは大事な相手の資料なんだから、ボロボロにしちゃったら使い物にならない。
「三島……博人」
メモ紙に書かれている男の名前を呟く。
部活や委員会には入っておらず、親しい友人は植物、というか花。
「って、それじゃただのぼっちじゃない」
自分で書いておきながらそうツッコミを入れ、私は米印のマークに書かれてある所に目を走らせる。
「呼称がロボット三島。変人三島、植物人間三島。……まさか、植物以外には他の感情を抱かないって言う奴?」
メモを読み終えてうーん。と唸る。だったら、私を見ても意識しない。ということも仕方ないけれど頷けてしまうのだった。
「いや、だからって私のアプローチにあんな態度をとるのだけは許せないわよ」
首を振って仕方ないと思っていた考えを打ち消して、私はあの時の出来事を思い出す。あの三島博人が私にした、あの時の事を――。
自分で言うのも何だけれど私、
初対面の人は必ず私の事を二度見するし、高校に入ってからの告白数はもうすぐで三桁を超える。小学校からの回数を入れれば数知れず。
この学校の男子の羨望を余すことなく独占していた私だった。だったのだが! ただ一人、私の元へ告白に来なかった男がいた。
その男こそがあいつ、三島博人だったのだ。
私が彼の存在を知ったのは二年生にあがった時のこと。彼の持ち前の影の薄さで気づかなかったのは不覚だった。初めてクラスであった時、あれ、こんな男子いたっけ? と思うくらい影が薄かったのだから。
でも影が薄くて気付かなかっただけで、別に私は驚くこともうろたえることもしない。ただいつものように彼も私に興味を持たせて虜にしてやるだけ。すぐに告白させるようにしてやろう。
そう決めた私は、あの手この手を駆使して三島君の隣の席を手に入れて、授業中わざと彼の前で消しゴムを落としてやったのだ。
この場合、普通なら相手はその消しゴムを拾って私の顔を見るはず。そうなればもう私の作戦は決まったようなものだ。私の顔を間近で見れば、どんな男子も私の事が気になって仕方がないのだから。
そして私の読みどおり、三島博人は落ちた消しゴムを拾って私の方を向いた。そして私は数多の男子生徒を堕としたとびきりの笑顔を作って、
『あ、ありがとう。優しいんだね。私、和泉春菜っていうの。三島君とは初めて同じクラスになれたね、よろしく』
消しゴムではなく、敢えて消しゴムを持った彼の手ごと握る。周りの男子の羨望の視線がこちらに向いているのが見なくても分かる。とても心地が良いわ。
ふふふ。こういったさりげない挙動に男子はイチコロだって事は知ってるのよ。
私の経験上この流れになると、相手は私から視線を数秒は外せない。そしたらもうこっちのものだ。相手はしどろもどろになりながらも自分の名前を教えて、視線を恥ずかしそうに泳がすだろう。
さぁ三島博人、私にしっかり自己紹介してもらうわよ。
『よろしく』
抑揚も力もない一言だけ残して、彼は私の手から抜け出して板書を取るために顔を前へと向けた。
…………え?
思わずその行動に目を疑う。普通だったらあれで私の事が気になるはずなのに、彼はあっさりとスルーしやがったのだ。
ま、まあもしかしたらこういうのに耐性があったのかもしれない。私はそう結論付けることにした。まだまだ虜にする術を私は持っているのだから、作戦の一つや二つ失敗したところで挫ける私じゃないのだ。
そして私は、それからことあるごとに彼へのアピールを続けた。時に甘えるように、時に頼り甲斐があるように、私が持っているすべての知識をフル動員して私への気を引かせてみたけれど、その結果は一つも実を結ぶことはなかった。スルーし、事務的な返答で流され、大丈夫だと断られもした。
学校の男子が私の事を見れば気になるはずなのに、あいつは全く気にならない状態。それなのに花に関することにはあんなに積極的で一生懸命ってどういう事? この私が土に負けたって言うの?
それが私の中にあるプライドをズタズタに傷つけた気がして、私は彼をどうしても許せなかった。土に負けた女なんて汚名なんて私は要らない。だから私は誓ったのだ。
絶対にあいつ、三島博人を私の虜にして告白させてみると。
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