第52話 執筆

「単にあなたの体験を記録としてまとめて欲しい」

「え、ミルガウスが研究以外に興味を持つなんて珍しいね」

「違うって。召喚魔法について研究する以上、被召喚者の生態についてもまとめておきたいから」

 言われてみればそうかもしれない。私も文章を書くのは嫌いではないし、何よりそれくらいで魔導書をもらえるというのなら安いものだ。

「分かった。じゃあもう一回セラと別れた辺りから書いてみる」


「あ、やっぱり召喚されてからのこともお願い」

 ミルガウスが少しバツが悪そうに片目をつぶってみせる。召喚されてからセラと旅したときのことも入れると長くなるな。でも、シアの話とかも入れるならどの道書かないといけないのか。

「分かった分かった」

「じゃあこれに」

 ミルガウスは何か荘厳な表紙のついた本と筆を取り出す。パソコンと違って誤字修正とか、忘れてたエピソード入れ直すとかが気軽に出来ないから手書きは面倒なんだよね、と思いながら私は書き始める。


 召喚された最初の戸惑い、魔法が使える喜びと代償が分かったときのがっかり感、エリアとの親睦と教会との手切れ、セラや魔王領での色んな人たちの出会い、魔王城での決戦、シアとの旅と色んな人との出会い、そして苺との戦いと魔王就任。色んな事を思い出しながら書いていると不意に何とも言えない感情がこみあげてくる。

「涙出てるけど、辛かった?」

 セラが少しだけ心配そうに尋ねてくる。

「あれ……何でだろう」


 私も理由は分からない。ただ、筆を走らせているとどうしようもなく切ない気持ちになってくる。何か大切なものをどこかに置き忘れてきてしまったような。心のどこかにぽっかりと穴が空いたような。それなのに、筆を走らせる行為自体はなぜか快感で、楽しくて、やめられなくてついそのまま最後まで書いてしまった。

「ふう……」

 書き終えた私は何とも言えない寂しさに襲われた。私もそろそろ戻らないといけないのに、ずっとその行為を続けて居たかったかのような。


「ありがとう。じゃあ魔導書をプレゼントするけど、良ければまた結果を教えてね。それからこれはサービスだけど」

 そう言ってミルガウスは魔導書とは別に一冊の白紙の本をくれた。

「何これ。馬鹿には読めない魔導書とか?」

「違う違う。ただ、もしかしたらそのうち必要になるかもしれないな、て思って」

「ふーん。まあ、ありがたくもらっておくね。すっかり長居しちゃったし、そろそろ戻らないと」


 私は本を二冊持って立ち上がる。するとセラも同時に立ち上がった。

「よく考えたら私もう、逃げ隠れて暮らす必要なくなったんだった。それなら私も連れていって欲しい」

「うん。私もセラが一緒にいてくれたら心強い」

 納得していたし、後悔もないとはいえ私はシアがいなくなって寂しかった。苺もいてくれて、一人減って一人増えただけと言えなくもないけどそれでも寂しいものは寂しい。もちろん、それとは別に苺と仲良くなれたことに対する喜びもあるけど。

「じゃ、頑張ってね」

 ミルガウスに見送られて私たちはミルガウス邸(半壊)を出た。

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