第44話 決戦Ⅱ

 突然魔王が背後に現れた私は文字通り死の危険を感じた。私はやたら魔力を持っているだけでただの生身の人間。攻撃を喰らえば一たまりもない。となれば方法は一つ。やられる前にやる。

「マインドブレイク」

 私の手元にあったノートが消滅し、闇の魔力が現れて魔王を襲う。

「カウンターマジック」

 魔王の手からも闇の魔力があふれ出し、私の魔力と混ざり合って消滅する。その隙に私は魔王から距離をとる。

「私と会話していた間、そんな準備をしてたんだ」

 やはり即席の小説(とすら言えないもの)ではこの程度の威力か。が、一瞬だけでも時間を稼いだことは意味があった。


「ドルヴァルゴア・バースト!」


 シアが底冷えするような低い声で唱える。

 シアの全身から魔力の奔流があふれ出し、魔王に向かって襲い掛かる。これが神の力の一端なのか、魔力の奔流は周囲の空間をも蜃気楼のようにゆがめていた。魔王はそれを見て顔をしかめる。

「カウンターマジック」

 再び魔法を中和しようとするが、ドルヴァルゴアの魔力の方が上回ったらしい。威力が弱まった魔力が魔王の右肩あたりに直撃する。

「ぐはっ」

 思わず魔王は右肩を押さえてうずくまる。羽織っていたローブがちぎれ、中から少女のような肌がちらりと見えた。

「魔王も意外と大したことないですね」

 そう言ったのはシアである。


「あーあ、これだからドルヴァルゴアは嫌いなのよ」

 出会う人出会う人から目の仇にされるドルヴァルゴア。が、魔王はよろよろと立ち上がると不敵な目でシアを見つめる。フードの下から現れた顔は私と同年代と思われる少女のものだった。私たちはこの世界では年をとらないのだろうか。

「仕方ない、現代に行ったときのために温存しておく予定だったけど……仮初の闇に抱かれて眠れ」

 魔王が唱えると突然シアの周囲に黒い鎖が出現する。

「信仰の壁」

 シアが魔法を唱えて防御壁を張るものの、黒い鎖はシアの周辺に展開された防壁ごとぐるぐるまきにしていく。その様は鎖でがんじがらめにされた塔のようであり、周辺には闇の魔法が使われた証のように黒雲が漂っていた。中ではシアが抵抗しているのか、時々物音が聞こえてくるががんじがらめになっている鎖はびくともしない。「シア!」

 おそらく無事ではあるのだろうが、完全に封殺されてしまっている。とはいえ、今はシアよりも私の方がピンチである。


「さて、これでようやく一騎打ちになったね。こっちは怪我してるし代償も一回使わされたから大分不利だけど」

「魔王の癖にそんなこと気にするんだ」


 さて、現在私には闇属性魔法以外に何の手札もない。そして魔法が使えなければただの一般人と変わらない。一方の魔王はあまり強力ではないとはいえ、普通の魔法も使うことが出来る。となれば最低でも一発は使わないといけないだろう。

 私が過去に書いた長編はまだ四作ぐらいある。そういう意味では勝つこと自体は難しくないのかもしれない。だが、どの作品から犠牲にするかと考えると私はためらってしまう。自分が書いた作品に優先順位をつけるなんて。

「私を前に考え事とは余裕か? ショック」

 魔王の手から黒い魔力の塊が飛んでくる。私は体をひねって避けようとするが、その瞬間に魔力の塊も軌道を変える。

「痛っ」

 私は右の脇腹に激痛を覚える。

「ちょっとちょっと、あれだけ大口を叩いておいてこの程度の魔法に当たるとか勘弁してよ」

 魔王が落胆したように言う。


「まあ、代償無しで倒せるならそれはそれでいいか。じゃ、さっさと終わらせようかな」

 優先順位はつけられない。でもすでに私は黒歴史だという身勝手な理由で一作目を犠牲にした。そもそも私の作品はどこにも発表していない(新人賞には応募したが一次選考すら通っていないので多分そのまま消滅している)から、私がここで死ねばそのまま消滅する。そんなことになるくらいなら。


「魔王、私はあなたの考えを改めさせる。喰らえ、マインドコントロール!」


 二作目は確か将来の夢を見つけられない主人公が自分は何者なのかと悩む中、望んでいないのに魔法少女として戦いの中に身を投じさせられている同い年のヒロインと出会い、お互い“やりたいこと”を探すという話だった。私も思春期らしく自分が何者なのか、どこから来てどこへ行くのか、大人になるとはどういうことなのか、などといったことを悩んでいて、それを下敷きに書いた作品であった。


 が、魔法の発動と同時に記憶がすっぽりと抜け落ちていく。そのとき私は家族と死別したときに近い、背筋が凍るような冷たい寂しさと喪失感を覚えた。もしかしたら、このときの喪失感の大きさによって魔法の威力は変わるのかもしれない。

「来たか」

 魔王の目も鋭くなる。

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