第43話 決戦Ⅰ

「ふふふ、あなた私と似てるね。私も温かい家庭で育ったらあなたと似た性格になったかもしれないな」

 魔王は自分が同じ決断をしたときのことを思い出して懐かしそうに笑った。

「そうだね。私がちょっとだけ他人に優しいとしたらそれはちょっとだけ恵まれた環境で育ったからかもしれない。だから魔王、もし考え直すなら今からでもやり直せると思うけど? 何なら私が魔王代わってあげるから現代で幸せに暮らしたら?」

 正直魔王に勝てるのかはかなり怪しかったが、私は何とか余裕がある風を装う。


「残念だけど負の経験ももはや私自身だからね。なかったことには出来ないんだ。大丈夫、現代に侵略するにしてもなるべくクズみたいな奴を優先して襲うから」

「そういう思考だけは気に食わないな」

 自分の復讐心は自分の境遇のせいにする代わりに自分に害をなした相手だけは絶対に許さない。それはどうなんだと思ったけど魔王様に言ってどうこうなることではないだろう。私は魔王の説得を諦めてシアの方を向く。

「という訳で私に協力してもらえないかな」

「はい、喜んで」

 シアは満面の笑みで私に応じてくれる。次いで私はクオリアの方を向く。


「という訳で私たちとの戦いには介入しないでもらえる? もちろん私が勝ったら実験は手伝うから」

「大丈夫だ、私に害が及ばないなら頼まれても加勢しない」

「……という訳で雌雄を決そうか、魔王」


「ふ、二対一か。それで魔法を使った経験もろくにない身で二百年この世界にいた私に勝つつもり? 笑わせる」

「どうかな? 現代への思い入れがなくなるくらい魔法を使ったんなら、もう代償として払うものは残ってないんじゃない?」

 とは言ったものの、それはあくまで推測でしかない。ここ最近ずっと魔王として君臨していた以上何かはあるはずだった。

「笑わせる。二百年もこの世界にいれば、生来の力に頼らずとも魔法ぐらい使えるようになるわ」

 魔王は不敵に笑う。が、すぐに鋭い目つきになる。


「ところであなたははさっきから何をしているのかしら?」

「ばれた?」

「そりゃあ、話してる最中ずっと手を動かしてるから」

「別に。ただ他人の話を聞くときはメモを取りましょうって教わっただけだけど」

 私は魔王と話している間、ずっとノートに筆を走らせていた。メモをとっていたというのは全くの嘘ではない。

『短編 魔王の独白』

 そういうタイトルをつけているだけで、私が書いた内容はほぼ魔王が話した内容なのだから。とはいえ、そろそろオチを付けなければならない。魔法の効果は小説の長さに比例するのか、思い入れに比例するのか、出来に比例するのかはよく分からないが、さすがに完結していないとだめだろう。


『……こうして魔王は世界征服への決意を新たにするのであった。 完』

 まあこれでいいか。こんなものでもないよりはましだろう。

「じゃあ行かせてもらおうかしら」

 そう言って魔王は楽し気に笑う。そして何かを詠唱しようとした瞬間、

「天にましますドルヴァルゴアよ、我に魔王を屠る力を!」

 シアの体が光り輝き、上空から何か光るものが降りてきた。もはやこれが神降ろしなのだろうか。おそらくかなり難度が高い魔法のはずだが、まさかシアの信心がそこまでに達していたとは。そしてドルヴァルゴアと思しきオーラをまとったシアは魔王に殴り掛かる。

「おっと。さすがドルヴァルゴアは危険だね」

 魔王はひょいっと体を傾けてシアの拳を避ける。が、シアは息つく間もなく畳みかける。魔王は体をひねって避けるが、シアは目にも止まらぬ速さで拳を繰り出す。

「闇の盾」

 魔王の前に黒い壁のようなものが一瞬できかかるが、シアの拳が命中するとぱりん、と音を立てて割れる。

「だめか。やっぱドルヴァルゴアに力で張り合うのは無理だなあ」

「覚悟!」

 そんなことを言っている間にもシアの拳が魔王に迫る。が、拳が命中した瞬間魔王の体が黒い霧のようになって消滅する。私は嫌な予感がして後ろを振り向く。するとそこににっこり笑顔を浮かべた魔王が現れる。

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