第42話 意志

「……残念だけど私は元の世界に帰ってラノベ作家になりたいから。そんなファンタジーな世界にされたらラノベ売れなくなるんだけど」

 私の言葉に魔王は少しおっとなる。

「元の世界の夢をまだ覚えているとはね。もしかしてあんまり魔法使ってない?」

「……やっぱり元の世界の大事なものが代償って訳だ」

 最初にミルガウスの話を聞いた時にそんな予感が薄々とはしていた。戦うたびに力に魅入られていったとミルガウスは言ったが、私自身の経験と合わせて考えれば何かの代償があったと推測するのが自然だ。


「うん。それは誤算だったな。……ところで話はそれるんだけどこの魔術師召喚システムって本当に教会のものなのかな?」

「どういうこと?」

「だって呼び出された私は現代で人間にいじめられていた。この世界の人間に恨みはないけど、そこまでの思い入れもない。それこそ魔王領の人間や魔物に対する思い入れと同じくらいに。次代……あなたから見ると先代はどうだったかな。力にとりつかれたせいで元の人格は分からないけど、人間への思い入れよりも自分の権力欲の方が強かったのは確か。そしてあなたも、こんなところでうろうろしている」

 言われてみれば。そして先代を例外とすれば、私や先々代はこの世界の生き物に対してかなり中立的な態度で接している。先代も別に誰かに肩入れしたというよりは自分本位に生きたような印象があるけど。


「もしかしてあなたはあのシステムで召喚される人間がこの世界の生き物に対しておおむね中立な人物だと言いたいの?」

「そうね。とはいえサンプルが三人だから何とも言えないけど。ただ、私は先代も権力欲に忠実で自分優先であるがゆえに他者に対しては中立だと言えなくもない」

 人は平等にゴミのようだ、という感じだろうか。

「この世界の人物に中立な人を召喚して元の世界に戻る理由をなくさせる。つまりこの世界の人間ではなくこの世界全体を救う人物を呼ぶシステムってこと?」

「私はそうじゃないかって思ってるけど、確証はないよ」

 魔王の推測は恐るべきものだったが、推測でしかないし、もう召喚されてしまった私にはあまり関係のないことだった。


「まあいいや、とにかく私は復讐をする。でもその過程でそこのドルヴァルゴア神官が生きられる世界を作るし、クオリアの実験も手伝う。これでそこの二人は私に敵対する理由はないと思うんだけど」

 魔王は私を試すような目で見つめてくる。もし歯向かうというならこの二人は自分の味方に着く。魔王はそう主張したいのだろう。

「そんな、幸乃さんに手を出すというなら私は」

 シアは気丈にも前に出ようとする。

「いや、別に私は当代と戦いたい訳ではないよ。私はただ当代に傍観して欲しいだけ。だからあなたには彼女を止めておいて欲しいんだけど」


「幸乃さん……」

 シアは困惑してこちらを見る。彼女自身、ここでどうしていいかよく分かっていないようだった。魔王の言っていることは一応理屈が通っているが、シアは私を命の恩人だと思っている。一方のクオリアは「どっちかが実験に協力してくれるならどっちでもいい」という様子だった。今のところ参戦しそうな様子はない。


 全く、何で私がこんなことをしなければいけないのか。そう思いつつも私は色んなことを思い出す。すごく楽しかった訳ではないけどなんだかんだ平和だったし好きな物もあった現代日本。

 いきなり襲い掛かってくる魔物も多かったし悪い奴も多かったけど、単に変なだけでいい人もいた魔王領。どちらなら切り捨てていいとかそういうものではなかった。


 何で中身はただの女子高生の私がそんな決断を迫られているのか。それでも、平凡だからこそ他人に優先順位なんてつけられなくて(別に全員高くはないけど)、陰キャだからこそ(これは私の陰キャに対するポジティブな解釈だけど)色んな相手に同情が出来る。そう思えばこの場に私がいるのは適切に思えた。もう少し魔法を使い過ぎていたら魔王の言うがままに現代を見捨てていたかもしれないけど、そうじゃなかった自分が少しだけ誇らしい。

「さあどうする? 当代さん?」

 魔王は挑発的な笑みを浮かべる。


「現代を侵略するというなら私はあなたを倒す。で、もし私が勝ったら私が魔王になるよ」

 このとき私は初めて、本当の意味で自分のことを好きになったかもしれない。

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