第22話 魔導書

「魔導書? 魔術書では?」

 魔術書というのは単に魔術について書かれた本のことを指すらしい。

「まあ、私が作った概念だから」

 ミルガウスはやや得意げに言う。

「そもそも魔法というのは魔力を変換する手段。その際、多くの人が自分の意志を詠唱により変換する。そのやり方は人によって違うけど、魔法陣などを用意することで補助とすることが出来る。私はそこに着目した」


 例えば異世界から人を召喚するような魔術を使う場合、あらかじめ儀式場に魔法陣などを作成しておき、時間をかけて儀式を行う。ただ、例えば戦闘などで魔法を使う場合にあらかじめ戦闘が起こる場所とタイミングを予想して魔法陣を設置しておくことは難しい。そのため、魔法陣は大規模な儀式魔術でのみ使われるものとされている……というのはエリアから聞いたことがあった。

「魔法陣を持ち運ぶことが出来れば魔法の発展に寄与すると」

「そんなことを言って魔術大砲なるものを作った人もいたわね」

「魔術大砲?」

 セラの口から聞きなれない言葉が出てくる。

「ええ。魔法陣を仕込んだ装置みたいなものよ。かなり大きなものだったから、車輪をつけて馬とかに曳かせて移動してたわ。その分威力は高かったけど、当然真っ先に敵の集中砲火を受けるから費用対効果が悪すぎると」

 そんなものがあったのか。するとミルガウスはちっちっ、と指を振る。

「違うんだな、そんな粗大ゴミとは。問題です。魔法陣を一番コンパクトに収納するにはどうしたらいいでしょう?」

「……それが本?」

 特に理解している訳ではないが、話の流れ的にここは本だろう。

「せいかーい。本なら各ページに書いていけば膨大な量の魔法陣が書ける。これは天才的な発明だね」

「でもそれを媒介に魔術を使えば大変なことになるでしょう?」

 何を言っているのかよく分からなかったが、後で説明してもらったところによると紙のように薄いものに魔法陣を書いて何枚も一緒にして魔力を使ってしまうと、導線をぐるぐる巻きにして電気を流すとめっちゃ発熱するみたいなことになるらしい。魔力の場合発熱ではなく魔法が暴走するという。それを避けた結果が“魔術大砲”だったんだとか。

「だから大変だったんだってば。紙の材質、魔力の流れを制御する術式、表紙の材質……色々なものにこだわって、ようやく完成した。じゃーん、これが私が作った魔導書です!」


 そう言ってミルガウスが見せてくれた本はぱっと見、ただの黒い表紙の本だった。ただ、百科事典ほどの分厚さがある。

「これは何の魔法の魔導書かしら」

「なんとこれはワイルドカードでーす」

「ワイルド?」

 さらにセラが首をかしげる。そんなセラにミルガウスが得意げに説明を続ける。

「なんと、所有者が使える魔法であればどんな魔法にも使うことが出来るんだよ! 簡単に言うと、マッチ程度の火を起こせるのがせいぜいの少年でもファイアーボールが撃てるってこと」

「……すごい」

 セラが感嘆する。

「でしょでしょ? そしてせっかくこんなに素晴らしいものを作ってしまったんだからやっぱり名のある人に使って欲しい訳」

 やっぱこいつセラの友達というだけはあるわ。


「なるほど、確かにそれには魔王軍七人衆の……」

「いや、異世界の魔術師様でしょ普通」

「……」

 セラがこの世の終わりのような目でこちらを見てくる。いや、そんな目で見られても。

「あ、幸乃さん、譲っちゃだめだよ? この私が初めて作った偉大な発明なんだから、是非ともあなたに使ってもらいたい。出来ればすごい魔術で」

 ミルガウスはにこにこしながら私に魔導書を差し出してくる。笑顔なのに圧がすごい。

 しかし、と私は考える。場合によってはこの魔導書をうまく使うことが出来れば私は代償を払わずに魔法を使うことが出来るのではないか。仮にやはり代償はいるとしても、小さな代償で大魔術が使える可能性がある。それは代償の節約という点では願ってもないことだった。

「ありがとうございます!」

 私は心をこめて感謝の言葉を口にすると魔導書を固く胸に抱きしめた。セラは相変わらず不服そうな顔をしている。


「でもこんなに大事なものもらっちゃっていいの?」

 思わず私はミルガウスに尋ねた。

「いいよいいよ、まだ試作品だから。それに私、実際に使うのはそんなに得意じゃないし。あ、でも感想とか聞かせてくれると嬉しいな」

「はい!」

「むむむ……」

 こうして私はここにきて魔導書という謎のマジックアイテムを手に入れた。これがあれば、ここから私の異世界無双物語が始まるのでは。この時の私はそんな風に一人で胸を高鳴らせていた。

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