第16話 忌み子 Ⅰ

 その後私の方も簡単に現代日本の話をした。セラは興味津々で聞いていたが、おそらくこの世界の住人に現代日本を理解させるのは不可能なので私は適当にぼかしつつ話をした。……選挙とか民主主義とか絶対彼女は理解しないと思う。どちらかというとセラは政治や国の話より技術に関する話を聞いてきたので助かった。


 翌朝、私たちは朝早く起きて街を出た。人々が起き出すまでに出たかったのだが、この世界の人々の朝は早い。それよりも早くということで、おそらく四時頃に起こされた。普段学校のときでも七時過ぎぐらいに起きている私にはかなり辛い朝となった。体が自分のものでないように重いし、頭の中も靄がかかったようになっている。元々あまり積極的に他人と話をしない性格ということもあって、私は無言であった。幸いセラもそういうところは似ているらしく、一人でぶつぶつと新しい魔法の術式について考えていた。


 が、街の外まで来たところで私はふと気づく。

「ねえ、まさかこのままずっと歩く訳じゃないよね?」

「……これだから温室育ちの魔術師様は」

 セラが何か言っているが聞こえなかったことにする。私は必死で眠そうな目でセラを見つめた。

「まあいいわ、余計な出費だけど馬車を探せばいいんでしょう?」

「うん」

 私に出来ることは力強く頷くことだけだった。


 その後私たちは街道沿いの村まで歩き、そこで馬車を借りた。教会が手配してくれた馬車とは天と地ほどの差で、がたんがたん揺れるしすぐ気持ち悪くなりそうだったが、それよりも朝四時に起きた眠気の方が勝って、私の意識は消えた。


 昼頃だろうか。がたん、というひと際大きな揺れで目が覚めた。元々浅い眠りだったのだろう。目が覚めてもまだ眠気と気持ち悪さが残っている。

「おはよう。意外と逞しいのね」

 セラが呆れたようにつぶやく。彼女もげっそりとした表情をしている。馬車は苦手らしい。確かに魔物領に馬車とかはなさそうだ。いやでも、そうじゃないから。

「それくらい早起きは苦手だから」

 そんな感じで、私たちの旅は数日続いた。セラも普段馬車なんて乗らないのか常に乗り物酔いみたいな感じになっているようで、常に寝ている私と一緒にグロッキーになっていた。そして逆に夜に眼が冴えて私たちは魔法や自分たちの社会について語り合った。


 そんな旅が数日続き、私たちは魔物の領地に近づいてきた。馬車の人もこれ以上は危ないから嫌だと言うし、私もいい加減馬車に疲れてきたので歩くことにした。

 魔物の領地に近づいていくと、だんだん風景も変わってくる。地面に生えている草木も緑から茶色に変わっていき、枯れ草や枯れ木のように見えてくる。空を見ると巨大な鳥が飛んでいたり、遠くに人間のものとは違う集落が見えたりする。魔物の家というのは人間の家と違って、掘っ立て小屋のようなものばかりであった。

「魔物の領地って言うともっと物騒なイメージがあったけど意外と普通だね」

「まだこの辺は魔物から見ても辺境よ。それに私もあなたもかなりの魔力を持っているから、その辺の雑魚が襲ってくることはないと思うわ」

「じゃあもっと近づいていくと?」

「腕に覚えがある者はかかってくるかもしれないわ」

 そんなことを話しながら歩いていると。


「きゃああああああああああああ!」


 突然そんな悲鳴が荒野のかなたから聞こえてきた。本当は「きゃあああ」という人間の悲鳴とはちょっと違う、もっと澄んだ甲高い悲鳴であった。私は反射的にそちらを見る。そちらの方には遠くでゴブリンのような魔物が人型の何かを囲んで攻撃しているような光景があった。


 が、セラは当然のようにそれを無視して歩いていこうとする。私も別にこの世界の人間に大した義理がある訳じゃないし、魔王討伐を放棄した私が今更善人ぶるわけでもない。さらに言えば、囲まれているのが異形の魔物であれば無視したかもしれない。

「行こう」

「そんなのいちいち気にしてたら進まないけど」

 セラは呆れたように言う。一瞬私は迷った。仮にセラが協力してくれなければ私は自力で戦わなければならない。ただ、私は自分と似たような姿の者が魔物に嬲られているのを見て放置出来なかった。

「私は行く」

「はあ」

 セラはため息をついたが、ついてきた。

 近づいていくとゴブリンに囲まれているのは白髪の少女であった。おそらく人間と思われるが、肌が透き通るように白く、身体も細い。そして極めつけは手の甲に紋章のようなものが刻印されているのが見えた。私には何か分からないが。ただ、そんな美しい容姿とは逆に彼女の身なりはぼろぼろで、体中に傷やあざが見える。今はゴブリンに嬲られるがままであった。

 そんな彼女を囲むゴブリンたちは残忍な笑みを浮かべて殴ったり蹴ったりしている。

「あれは忌み子ね」

 そんな光景を見てセラはぽつりとつぶやいた。

「忌み子?」

 そういう風習があったというのは聞いたことがあるが、現代日本ではまず遭遇しない存在である。

「何にせよ、先に助けよう」


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