第15話 セラ Ⅲ

「ところで言いづらいんだけど、私、今晩の宿が……」

「異世界からわざわざ召喚されて宿なしとかありえるの?」

 セラは純粋に疑問を述べただけかもしれないが、私には嘲笑されたような気がしたのは気のせいだろうか。

「いや、色々あってさ……」

 私は大司教と揉めた経緯を話す。それを聞いてセラは同情の顔をする。

「それはひどいわ。異世界から人を召喚したら送り返すまでが魔法だと思うのだけれど」


 相変わらず彼女は独特な価値観を持っているようだった。まあ、魔王軍に所属しているぐらいだし大司教より悪い奴ぐらい見慣れているのだろう。

「まあいいわ、こう見えても私はお金を持っているから」

 さすが魔王軍七人衆という身分(?)なだけはある。

「教会の街に泊まるのは癪だけど今から他の村に行くのはさすがに無理か」

 セラはため息をつく。私は制服の上着を脱いで気持ち変装する。異世界の人ならカーデガンを見てブレザーの下に着ていたとは思わないのではないか。セラは黒ずくめの怪しい格好をしているが、一応生物的には人間である……はずだ。人間に化けられる魔物とかがいたら知らないけど。


 セラは出来るだけ街の隅の方のあまり賑わっていなさそうな宿に入っていく。こんな夜更けにも関わらず、数人の客が賭博に興じていて主人はそれを眺めている。一応酒場っぽい感じになっているがいかんせんぼろい。

「二名、素泊まりで」

 そう言ってセラが銀貨を差し出すと、主人は無造作に受け取る。

「そうか、適当に空いてるベッド二つの部屋使ってくれ。ちなみにここで賭けていくか?」

「遠慮しておくわ」

「そうか」

 主人は露骨に私たちに対する興味を喪失する。なるほど、こんな宿もいるのか。まあここなら多少怪しい人が泊まっても大丈夫なのだろう。


 私たちは適当に「未使用」と書かれたプレートが書かれた部屋を選んで入っていく。部屋に入るとセラは指先に小さな灯りをともした。ぽうっと辺りが照らされてお互いの姿が見えるようになる。

「すごい、魔法使いって感じがする」

「え、あなたも魔法使いでしょう?」

 セラは首をかしげる。どうせ一緒に行動していたらそのうち不審に思われるだろうから早めに言っておくべきかとも思う。

「いや、私重い魔法しか使えないから」

 結局、ぼかした言い方になってしまった。一応利害が一致しているとはいえ、何を考えているのかよく分からない相手に手の内を晒したくはない。

「ふーん。まあ異世界召喚者は普通の魔法使いとは違うって聞くしそういうものなのかしら」


 そう言いながらセラは黒いマントを脱ぐ。セラは青くて長いきれいな髪に端整な顔立ちをしている。私と違って大人の魅力がある。ちなみに、マントの下には皮鎧を身に着けているが鎧の上からでも分かる巨乳であった。そして腰には剣を下げている。

「セラさんは剣も使えるの?」

「もちろん。魔力には限界があるし、不意を打ってくる相手には剣の方が対応しやすいわ」

「不意を打ってくる相手?」

「人間社会ではあまりないかもしれないけど、魔王陣営で生きていくのは大変だわ。トロールやサイクロプスみたいに分かりやすい巨体を持っている種族はいい。でも私みたいに見た目弱そうなのに昇進していくと、狙われるのよ」

 セラは淡々と魔王陣営の内情を語る。

「それは嫉妬をかうってこと?」

「違うわ。単にあいつを倒して成り上がろうっていう直接的な野望よ」

「へえ」

 人間社会ではそうはいかない。担任がむかつくからといって先生をぼこぼこにしても自分が担任にはなれないように。

「魔王陣営では、例えば七人衆を自分の手で倒せば倒した人が七人衆になれるの?」

「まあその辺は色々あるけど、一対一で倒したなら結構なれるわ」

 すごいな、魔王陣営。よくそれでまとまりが保てるものだ、と思ったがそもそも魔王陣営がまとまっているかどうかすら私は知らない。倒す気がないから。


「じゃあセラさんが魔王を倒したら魔王になれるの?」

「さらに私を倒そうとしてくる挑戦者たちを退け続ければ」

 確かにひ弱そうに見える人間が魔王になれば魔王になりたい魔物たちは我さきにと襲ってくるだろう。なんというか、ひと時も気が休まらない世界だ。

「でも逆に力で明確に上下関係が分かるから楽だけれど。人間社会って色々あるでしょう? 有能な人が必ずしも出世する訳じゃないとか、役職は上じゃないのになぜか組織を牛耳っている黒幕がいるとか」

「ああ、それは面倒だね」

 確かに私もそういうわずらわしい人間関係は好きではない。とはいえ本来の私は平和を愛する一般市民なので血なまぐさい弱肉強食の社会も好きではない。

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