第13話 セラ Ⅰ

 さて、何とか逃げ出した私であったが途方に暮れていた。分かったことは異世界の魔法使いの名前を出せば親切にはしてもらえるだろうが、注目を集めてしまうということである。

 幸い私に追手が出ている訳ではなさそうなので自由は確保されているのだが、もう深夜だというのに私に行く当てはない。現代ではインドア派と生きてきた私に野宿など出来るはずもない。何とか目立たないようにして泊めてもらえないか頼んでみようか。とはいえ見ず知らずの人にいきなり泊めてくださいなんて頼むのもハードルが高い。こんなことならお金だけでももらっておくべきだったか。


 そんなことを思って途方に暮れていると。

「すみません、もしかしてあなたが異世界から召喚された方でしょうか」

「うわっ」

 突然後ろから声をかけられた。他人に話しかけられるのに慣れていない私は思わず声を上げてしまう。


 振り向くと、そこには黒いローブを羽織りフードを被った絵にかいたような怪しい人物が立っていた。「ファンタジー世界の怪しい人物」として教科書に載せたいぐらいである。声は女性のもので背は私より少し高いぐらいだろうか、夜の闇の中ではそれくらいしか分からない。

「悪かったわ、私もあまり目立ちたくない者で」

 彼女は私が驚いたのは夜闇に溶け込んでいたからだと思ったらしい。しかしこの状況で現れる目立ちたくない者というのは普通に考えて味方ではないような気がする。

「もしや……刺客?」

 そう言って私は身構える。構えると言っても手の中に魔力の準備をするだけだが、暗いのでよく見えない。相手からは見えているのだろうか。

 ちなみに後でこのときのことを思い出したら自分の間抜けさ加減に死にたくなった。刺客かもしれない人にそんなことを聞いてどうする。


「あはは、そうね、今なら確かに殺れたわね。殺っておけば良かったわ」

 黒ローブの女は物騒なことを言ってのけた。あははとは言っているが、その笑い声は乾いていてあまり笑っているように聞こえない。所詮私はすごい魔力を授かっただけの一般人なので不意を突かれれば一瞬である。だから本来はエリアのような護衛がつくのだろうが。

「さすがに死にたくはないけど。でもわざわざそう言うってことは敵ではないんだよね?」

「あなた次第ね。あなた、どのくらい魔王討伐する気がある?」

 またそれか。正直私はかなりうんざりした。しかし、と私は思い直す。彼女は本当に私に魔王を討伐して欲しいタイプの人なのだろうか。ここは両方の可能性があるのではないだろうか。

 魔王を討伐する気のない異世界人が教会を逆恨みして敵対しないとも言えない以上放たれた刺客か。それとも魔王陣営の人間か。ここで選択を間違えればこいつと戦闘になる。勝てるかは全く分からないけどこんなどうでもいいところで魔法は使いたくない。


「……どっちって答えれば許してもらえるの?」

「あー、そういうタイプね。このタイプは魔王とか倒す気なさそう」

 ローブの女はため息をついた。私は単に平和主義なだけだが、彼女は心なしか私のことを舐めているようだった。まあでも確かに魔王を倒すような人間はこんな返答はしない気がする。

「あ、あなたは魔王側の人なの?」

「そんなことこんな街中で言える訳ないでしょう。ちょっと来てもらえない?」

 そう言って女は街の外の方を指さす。

「あ、言えないってことはそういうことなんだ」

 さっきの仕返しとばかりに私も言い返す。

「うるさいわね。とにかく来て」

「はーい」


 私は何とも言えないテンションで彼女についていく。彼女はそのまま街を出て声が届かなさそうな距離まで歩いていく。辺りは平野が広がっており、近づいてくる者がいればすぐに分かる。もしこいつが本当は刺客だったら私はやばいかもしれない。彼女は改めて周囲を確認すると口を開く。

「私はセラ。魔王軍七人衆の一人よ」

「は、はあ」

 何だ七人衆って。四天王より格下そうだけど。

「単刀直入に言うわ。あなたに魔王軍と戦う気がないんだったら元の世界に送り返してあげるわ」

「え、まじで?」

 思わず素で聞き返してしまう。魔王軍……なんて親切な組織なんだ。人間の教会とは訳が違う。もしやこの世界では魔王軍こそが正義なのでは? と思ったところでセラが理由を話す。

「ええ。せっかく魔王軍が優勢に戦いを進めているのにあなたのような不確定存在が人間に味方すれば戦況が変わるかもしれないもの」


 確かに私は魔王軍からすれば敵側の救世主的な存在である。さっさといなくなってもらった方がありがたいという当然の理由だった。確かにそれなら最初に刺しておくのが一番早かったかもしれない……怖っ。

「魔王に歯向かう気なんてこれっぽっちもない!」


 私は即座に断言した。決して恐怖に屈したのではなく、元から元の世界に帰ることが最優先だったという言い訳を自分にする。


 セラも私の潔さに苦笑した。

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