魔王領編

第12話 自由

 さて、神殿を飛び出した私はこの何も知らない異世界で一人きりになってしまった。冷静に考えてコミュ障の私が誰も知り合いがいない異世界で一人で生きていける訳がない。ただ私に残っているのは単なる生存には役立たない上に重い代償を強いられる闇属性魔法だけである。

「こんなことならまじめに魔王と戦っておくんだったかな」

 確かに魔王と戦えば何回かは魔法を使わなければならないだろう。しかし魔王と戦わなければ魔法を使わずに異世界から戻れるというのは楽観的すぎる考え方ではないだろうか。


「あれ、その姿はもしや魔法使い様ではないでしょうか!?」

 そんなことを考えつつ歩いていると私は突然街の人に声をかけられた。その人は目の前にある酒場のおばちゃんだろうか。あの歓待を見る限りこちらの世界では私が召喚されることを触れ回っていたのだろう。しかしついさっき私が大司教と決裂したことはインターネットのないこの世界ではまだ広まっていないに違いない。となれば少しの間、私は救世主としての扱いを受けることが出来るのではないか。


「う、うん、ちょっと観光をね」

 そこで私は少し欲をかいてしまった。せっかくだしちょっとだけいい思いをしてもいいのではないか。私はそんなことを思ってしまった。私の言葉におばちゃんの目の色が変わる。

「それなら是非うちに寄っていかない!? もちろんお代はただでいいわ」

「は、はい」

 どの道辺りは夜も更けている。ここの酒場は宿も併設されているようだ。この雰囲気ならば遅くまで飲んで食べてそのまま泊めてもらえるだろう。私はとりあえず今晩の宿を確保するというだけの浅い考えでその提案を受けてしまった。


 が、私はすぐにそれを後悔することになる。おばちゃんは私が頷くと狂喜乱舞して大声を張り上げた。

「みんなー、うちの酒場に救国の魔法使い様が来てるわー! 今なら異世界の魔法使い様と一緒にお酒が飲めるよ!」

 何と私は広告代わりにされてしまっていたのである。とはいえ、

「ほらあんた、魔法使い様が来たんだから早く何か出しなさい」

「へい、これはうち名物の鶏の甘辛焼きだよ」


 すぐに主人と思われる男が香ばしいにおいのする料理を持ってきてくれたので私はそれに吸い寄せられるようにして酒場に入ることになる。神殿の料理はどちらかというと高級で上品なものだったが、酒場で提供される料理は調味料や香辛料をふんだんに使った食欲を刺激するものだった。高級な松茸よりもカップラーメンの方がおいしいことがあるように、私も街の酒場で出される料理の方がおいしかった。

「魔法使い様はどのような魔法を使うんですか!?」

「どのような世界から来られたんですか!?」

 それに話しかけられる内容も政治的な話ではない直接的な疑問である。具体的な質問であればそれに答えるだけで会話を弾ませることが出来る。そんな訳で私はあまり気を遣わずに自然体で楽しむことが出来た。それに都市圏の満員電車のように大量のお客さんで周りが埋め尽くされていたため、話しかけてくる人も入れ替わり立ち代わりで、同じ人との会話が続くこともなかった。


 そんな訳でどれほど楽しい宴会を続けたころだろうか。おばちゃんが大声で呼び込みを続けるおかげで客はひっきりなしにやってきたが、私は自分の迂闊さを呪いたくなるような出来事が起こった。

「今川幸乃様でしょうか? 私は〇×王国の者ですが……」

「私は△×※侯爵家の者ですが、ちょっとお話を」

 私がここにいることが街中に知れ渡り、色んな勢力の使者が私に接触を試みてきたのである。彼らは私が大司教と決裂したことを知っている。私が教会に属していれば魔王討伐まであまり表立って引き抜きも出来ないが、私がフリーになった今勧誘し放題だ。

「我が国に来ていただければ儀式の準備が出来次第元の世界に……」

「我らも魔法使い様のご帰還に全力を尽くしてみせます」


 しかもご丁寧に私が嘘を見抜く魔法を使ったという情報が拡散したのか、言質をとられないような表現になっている。宴会は盛り上がっていたが、こういう輩が現れると興がそがれてしまうものである。


「すみません、ちょっとトイレに」

 幸い辺りは人だらけで姿を隠すのは容易である。酒場の中心に座っていたから目立っていたのであって、身をかがめて群衆の中に入ってしまえば外から見られることはなかった。そんな訳で私は夜の闇の中へと逃げ出したのである。

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