第9話 歓待
聖地近くの村を出た私たちはクリスティアの本教会を目指して歩いた。エリアは私が戦わなくても済むように嘆願してくれるらしいが、私はまだ見ぬ大司教の本心を確認するという目的があった。
「それで、王都では……」
「私の世界には……」
お互い全く違う環境で育ったので思ったよりも話題は続いた。エリアは陽キャではあったが陰の者にも配慮出来るタイプの陽キャであった。まあ、私が突如召喚された異世界人だから特別に配慮してくれている可能性もあるけど。それに一週間も同じ馬車で旅していれば結構沈黙の時間もある。私は他人といても沈黙が許される関係が好きだ。
そんな訳で、本教会が見えてくるころには私たちはそれなりに仲良くなっていた。
本教会は私が思っていたヨーロッパの教会というよりはお城に近い建物だった。重厚な石で造られた建物が連なり、等間隔で尖塔がそびえたち、ところどころにアーチ状の門がある。
「すごい……」
「大昔、神話の続きみたいだった時代は魔物がしょっちゅうここまで攻めてきてたらしいですよ」
なるほど、それできらきらしたステンドグラスとか神様の像とかはあまりなくて城みたいな感じなのか。
「長旅お疲れ様でした」
「いや、本当に。体のあちこちが痛い」
言うなれば乗り心地が結構悪い電車に毎日長時間乗せられているのと同じである。エリア曰くこれでもこの世界では最高級の馬車らしく、座席はすごいふわふわして、停まっている間は天国にいるような気持ちですらあった。ただいかんせん道が舗装されていないため、動き出すとかなり揺れた。最初は吐きそうになって何度も停めてもらったりしたが、さすがに数日乗っていると慣れてきた。
「とりあえず幸乃さんはお休みください」
「うん」
本当に疲れていたので私は素直にエリアの言葉に従うことにする。私たちが馬車を降りるとたくさんの神官がお辞儀して出迎えた。魔王と戦う気のない私にはただただ恐縮するしかない光景であったが。
私は客室のようなところに通された。そこは道中で泊まった田舎の宿とは格が違った。ベッドはまるで宙に浮かんでいるかのようにふかふかで、私は一目見ただけでベッドに引き寄せられ、そのまま寝入ってしまった。慣れない移動というのはただ座っているだけでも体力を使うものだ。
どれくらい眠っただろうか、私が目を覚ますとすでに辺りは暗くなっていた。
「お目覚めですか幸乃様」
傍らで立っていたシスターの恰好をした女が恭しく一礼する。やはり私はここでは敬われるべき存在なのだ。そう思うと、むずがゆい気持ちと罪悪感が同時に押し寄せてくる。
「う、うん」
「晩餐の用意が出来ております。身支度が済みましたらこちらへ」
そう言ってシスターは部屋を出た。身支度も何も私は手ぶらでこちらに召喚されたので何もすることはない。せいぜい寝ぐせを整え直すぐらいだ。あーあ、制服のまま寝たからしわになっちゃった。
部屋にはご丁寧にも鏡がついた机が用意されていたので私は鏡を見ながら髪型を整える。鏡に映っている顔はやっぱり普通の高校生の私で、異世界で闇属性魔法使いをしているとはとても思えなかった。
寝ぐせを直した私は部屋の外に出る。そして待っていたシスターに案内されて廊下を歩いていった。教会の廊下には神話の時代の人物(?)と思われる石像や木像が立っており、まるで博物館の中かのような雰囲気だった。やがてシスターはひときわ大きな扉の前で立ち止まる。
「こちらが晩餐会の会場です」
シスターが扉を開けると、中には大きなテーブルがあり、華美な服装の王侯貴族(っぽい人たち)や司教クラス(と思われる)偉そうなひげを生やした神官たちが陣取っていた。彼らは(神官の中には女性も混ざっていたけど)私が入ってくるのを見ると皆一様に歓迎の表情になる。そして「ようこそアタナシア大陸へ」とか「我が王国を挙げて歓待いたします」といった言葉を投げかけてくる。
「では主役もやってこられたことですし、今川幸乃様の歓迎会を始めましょう」
主催者らしき神官の言葉に盛大な拍手が起こる。
テーブルの上の料理はどれも絶品だったと思う。でも、正直私は最初の方しか味が分からなかった。というのも、私が使命に燃えてこの世界にやってきた勇者とでも思っているのか、ひっきりなしに参加者が話しかけてくるからである。それでも神官たちは単に歓迎しているだけだから良かったが、近隣の国の偉い人たちは露骨に私とお近づきになろうとしてきていた。遠回しに、時には露骨に自分たちの国に来てくれれば財宝や美男美女、珍しいマジックアイテム、果ては爵位を与えると言ってくるのである。私はそれらに対して愛想笑いを浮かべることしか出来ず、次第に頬の筋肉がひきつっていくのを感じた。
ちなみに、魔王討伐は置いておくとして私がこの世界に定住するという選択肢は今のところない。なぜなら私が大好きなファンタジー系ライトノベルはこの世界には存在しえないからだ。実際に剣と魔法でちゃんちゃんばらばらする世界で、剣と魔法の世界の物語など何の珍しさもないのである。もちろんないことはないけど、大体が歴史書とかノンフィクション的なものなので世界観がファンタジーでもライトノベル的なおもしろさはない。
そんな訳で私にとってこの歓迎会はあまり楽しいものでもなかった。そんな私の雰囲気を察したのか、一時間ぐらいしたところで隅の方に座っていたエリアが助け船を出してくれた。
「幸乃様も長旅でお疲れの様子。今夜はいったんお休みになっていただきましょう」
こうして私はやっとの思いで歓迎会を抜け出したのである。
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