第8話 親睦

「大丈夫でした? 体調が悪ければ教えてください、神官なので癒しの魔法は一通り使えます」


 翌朝、私はエリアと一緒に宿の食堂で朝食を食べていた。私たちは一応村を救った英雄になるため朝から豪華そうなメニューが並んでいる。ふんだんにチーズやベーコンが使われたみずみずしいサラダ。焼きたてふかふかのパン。肉がゴロゴロ入っているスープ。

「大丈夫。いっぱい寝たから体調はこれ以上ないくらいいい」

 朝にはあまり強くない私だけど、いっぱい寝たことと料理がおいしそうなのが合わさって不思議と食は進んだ。


「幸乃さんは元の世界では闇属性魔法使いではなかったんですよね?」

 食べながら、エリアが話しかけてくる。

「うん」

「では何をしていたんですか?」


 私は少し考える。普通に学生、と答える方が無難だとは思った。でも、おそらく私の中に誰かに話したいという気持ちがあったのではないか。気が付くと私はこう答えていた。

「小説家」

 するとエリアは首をかしげる。

「それは詩人や劇作家とは違うんですか?」

「結構違う。というかこの世界に小説ってない?」

「うーん……劇の台本や詩が活字になることはありますが……もしくは神話や歴史物語のようなものもありますが、貴族の家や図書館にしかないですね」


 ということは物語とかはあるけど活版印刷の技術がないのだろうか。この世界で物語を作ろうと思った者は劇や詩でしか表現しないのだろうか。まあ、小説の形で表現しても複製出来ない以上身内にしか披露出来ないが。

「私の世界には書かれたものを複製する技術がある。だから物語を文字で表現して配ることが出来るの」


 エリアはしばらく目が点になっていたが、やがて想像がついたらしく、口をあんぐりと開ける。それはちょっと痛快だった。これが異世界転生の醍醐味か。

「幸乃さんはどんな物語を書くんですか?」

「色々かな……」

 そうは言いつつも私は直近で落選したラノベのあらすじを話した。エリアは神妙な顔でそれを聞いていた。

「まあ、なかなか世間に認められるほどにはならないんだけど」

「……なるほど、意外とテーマは身近なんですね」

 エリアは予想の斜め上の感想を漏らした。確かに詩とか劇だともっと壮大なテーマのものが多いのかもしれない。

「ただ、この世界は私たちの世界ではやっている異世界物に似てるんだ」

「異世界物!? そんなジャンルがあるんですか!」

 再びエリアが驚く。そうか、逆にないのか。

「エリアは物語とか読む?」

「うーん、職業柄神話とか歴史物語は結構読みますよ」

 そりゃそうか。

「私も時々だけど歴史物語は読むかな。ただ、私の住んでるところは文字が誕生してから長い年月が経ってるから歴史物語の量も膨大で」

「そうなんですか!? それは楽しみが色々あっていいですね!」

「でも歴史物語以外にも物語はあるから読み切れないけど」


 そこからしばらくお互いの読書話が続いた。こちらの世界の歴史書は紀伝体で叙述されているが、年号は王ではなく国でカウントされるとか、神は地上から去ったけどまだ天界にいて時々交流するから神話時代の記述も更新されることがあるとか色々興味深い話もあった。私は根っからの文系人間なのでついついこういう話はおもしろく聞いてしまう。


 しかし、これから自分のしようとしていることを考えてみるとエリアと打ち解けるのは少し胸が痛む。おそらくだけど、エリアも私がすることはやりすぎと思うのではないか。

「じゃあ、絶対生きて戻らないとですね」

「そ、そうだね。ところで、つかぬことを聞くんだけど大司教様は私が魔王討伐をしなくても元の世界に帰してくれるのかな」

 私の言葉にエリアは一瞬はっとした表情になる。

「……さ、さすがに大丈夫でしょう。大司教様はクリスティア教会で最も徳の高い方ですよ? 異世界から人を呼ぶだけ呼んでおいて帰さないなんて、そんなこと」

 エリアの言葉は確信があるというよりはそうであって欲しいという願望に感じられた。ただ、エリアの態度で私の疑念は膨らんだ。エリアと大司教という人物の価値観は違う。なぜなら大司教は異世界から呼びつけた者に魔王討伐という命の危険が伴う任務をさせようとしている訳だから。だとすれば私が帰る道は二つに一つ。一つは素直に魔王を倒すこと。もう一つは……。

「幸乃さん?」

「ううん、何でもない」

 私は努めて何でもない風を装ってエリアと話を続けた。


 危ない危ない、私が考えていることはまだ疑念に過ぎない。それだけでエリアを裏切るようなことをするのはさすがにひどい。幸い、私にはそれを確かめる方法がある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る