3回見たら死ぬ絵 - 02


 相変わらず賑わっているショップを一瞥しつつ、再び作品が展示されているエリアへと歩みを進める。

 そして順路通りに進んでいくと、やはりこちらはしんと静まり返っている。

 人はまばらだが、皆自分のペースで作品を軽く流したり、備え付けのソファに腰を下ろしてゆっくりと作品を鑑賞していた。

 先程一周したみよ子は気に入った作品を中心に見ようかな、と目的の作品へと真っ直ぐ進む。


(……感動のあまり死んじゃう絵、か)


 そんなものがあったら見てみたい、と思うことは否定出来ない。

 何故なら、彼女自身も芸術史を専攻している大学生という身分に似合わず、正直あまりこの世界がわかっていないのだ。

 ではなぜこの美術の世界を見てみようと思ったのかというと、それは不純な理由だった。

 芸術は、〝個性〟を発揮する世界だから。


(芸術に触れれば、他の人が一体どうやって自分を作っているのかわかるかと思ったけど……やっぱりそんな簡単な話じゃないよね)


 自分を失った過去を深くに隠していたのは間違いない。

 しかし結局のところ、過去からは逃げられないということだ。

 かつて失った自分、個性というものを知りたくて、作り上げたくて、大学に進学して芸術の世界に触れてみた。

 結果としては、あまり芳しくないものだが。


(素人には難しいよね……同期の子達は皆楽しそうだし、それぞれの価値観もしっかりしているし……)


 羨ましい。嫉妬とまでは言わないが、純粋に羨ましかった。

 自分にも皆が持つものが欲しかった。

 と、そんなことを考えながら館内を歩いていると、ある人が目に留まった。

 知人や友人というのではなく、その挙動が少し不思議だったからだ。

 初めこそ気が付かなかったが、その男性は作品を見ては足を止め、しばらくそれに見とれてはいるものの、ハッと我に返ると次の作品へと移動した。

 その移動の仕方から見て、何かお目当ての作品があって、それを探しているような感じがした。


「……あ」


 そんな男性をじっと見ていたみよ子の目と、振り返った男性の視線がバチリとぶつかる。

 あ……と思いつつ苦笑すると、男性もまた同じように苦笑した。


「あの、何か作品を探してるんですか?」

「え、えぇ……まあ。そんなところです」


 お互いにはははと軽く笑いながら、周囲の迷惑にならない程度の言葉を交わす。

 おっとりとした雰囲気の男性は手帳を片手に作品を見ていた。

 きっとお目当ての作品についてメモでもしてあるのだろう。


「でも、ここにはなさそうで……ちょっと残念です」

「ここにはないって……結構作品の数あると思いますけど」

「それが探すのが難しいというか……、本来は僕の仕事ではなくて、同僚の仕事を手伝ってるだけなんですけど。あまり有名ではない作品なのでどこに展示されているかわからないんですよねぇ……」

「……もしかして、手あたり次第に回ってます?」

「まぁ……かれこれ十館くらいは」


 美術館を十館も……とみよ子は目を丸くした。

 古風なスーツからして、きっと美術商か何か、そうでなくてもその方面の人なんだろうとは思ったが、美術館の入場料はバカにならない。

 学生として純粋に、お金持ちだ……なんて感想を抱いてしまった。


「す、すごいですね……。探してる作品、見つかるといいですね……!」

「えぇ、気長に頑張ろうと思います。沢山の作品が見られて、結果オーライではあるので」


 男性のその言葉に二人はふふふと笑い合った。

 こういう風に誰かに探してもらえる作品なら見てみたいな、と思いながらみよ子は「それでは」と世間話を終えて立ち去ろうとした。

 その時だった。

 みよ子と男性は展示ホールの端、窓際に立っていてホール全体を見渡せる位置にいる。

 みよ子は次のホールへ行こうと、出入り口付近の方へと視線を上げた。

 すると突然、女性がその場に現れた。

 誰もいなかったホールの出入り口に、突然、瞬間移動でもしたかのように現れたのだ。


「……え?」


 一体何事か、何か館内の催し物、パフォーマンスだろうかと自分の目を疑った。


「どうしました?」

「……いえ、あの」


 何かに驚くみよ子を見て、男性も彼女にならって視線を向ける。

 突如出現した女性はふらふらとしていて危なっかしく見えたが、辺りを見回すとここが美術館であることがわかったような素振りをした。

 そして彼女の目の前にある作品に目が留まると、その作品に魅了され、吸い寄せられるように手を伸ばす。


(あっ、あれむき出しの油絵だから触ったら……)


 みよ子はまずい、と思った。

 その女性はずっと向こうに立っている為、注意するには声を上げるしかなかった。

 女性が絵画に手を触れてしまったのと、みよ子が声を上げようとしたのは同じタイミングだった。

 ドン、と腹の底に響く音がして、目の前が点滅して目を瞑る。

 強い風と焦げ臭さに顔をしかめ、一体何だと目を開いた。


「……な、に」


 次の瞬間、辺りには煙が充満し、大きな炎が燃え上がっていた。

 ホールの壁は一部崩壊し、ガラガラと音を立てて瓦礫が雪崩れている。

 悲鳴と断末魔がぼうっと聞こえるのは、爆発音で鼓膜がやられたからだ。


「だ、大丈夫ですか!?」

「……え?」

「怪我はしてませんか!?」

「……あ、えぇ……大丈夫です」


 砂埃をあまり被っていないと思ったら、男性が爆風との壁になってくれたようで男性の顔や服は煤で汚れていた。

 こんなに至近距離にいても、男性の声は遠くに聞こえる。

 低い耳鳴りがして、目の前の惨事が上手く頭に入って来ない。

 いや、この目で見てはいるが、それが現実だなんて信じられなかった。

 爆破が起こった館内の壁は崩れ、床は瓦礫とガラスと砂で覆われ、空気は焦げ臭く、嗅いだことのない他の臭いもする。

 館内放送とけたたましい非常ベル、誰かの悲鳴と泣き声、助けを求める声。

 黒い煙と赤い炎。

 すぐ足下に転がっている、誰かの腕に見える肉片。

 一体何が起きているんだ? これは、夢の中?

 悪い夢でも見ているんだろうか……?

 と思った時、その声は聞こえた。


「大丈夫? みよ子ちゃん」


 声のした方へ顔を上げると、そこにはいつもの笑みをたたえる、彼が。


「……嵯峨、先輩?」


 この騒ぎが、目の前の光景が見えていないかのような、ニコニコと胡散臭い笑みを貼り付けたままの男が。

 服に汚れ一つつけずに、そこに立っていた。


「……あの、先輩。これ、今……何が」

「じゃあ、みよ子ちゃん」

「?」


 嵯峨はくるりと踵を返し、一歩踏み出して見せた。

 彼の黒い靴は、そこにある赤い水溜りをぱしゃりと踏む。


「帰ろっか」


 彼はそう言うと、笑顔でみよ子へと手を差し出した。




-CREDIT-

SCP-1313-JP「3回見たら死ぬ絵」

©minminzemi

http://ja.scp-wiki.net/scp-1313-jp


SCP-1104-JP「骨抜き」

©me_te_de_ko

http://ja.scp-wiki.net/scp-1104-jp


SCP-892-JP「(ミス・げいじゅつはばくはつだ)ヴァンダリズムに反逆を」

©kyougoku08

http://ja.scp-wiki.net/scp-892-jp


近藤研究員の人事ファイル

http://ja.scp-wiki.net/author:rkondo-001

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