ドッペルゲンガー - 02
その疑問は文野との話の途中からずっと胸にあった。
みよ子の今の顔は第三者の手によって作り変えられてしまったもので、元の顔は思い出せないがこの顔でなかったことは確かだ。
作り変えられた今のこの顔の持ち主が「ミヨコ」という人らしい。
犯人はそう言っていた。
だったら、そのミヨコ本人からしてみれば、今のみよ子の方こそそっくりさん。
ドッペルゲンガーではないか。
(でも、文野さんにあたしの過去を話しても……)
誰にも彼にも話したい過去ではない。
本来は墓場まで持って行くつもりの過去を、嵯峨に無理矢理聞き出されてしまったのだ。
流石に気軽に話せる話ではないな、とみよ子はこの可能性を腹の奥へと沈めた。
そして心を切り替えて、いつもの明るい自分へと戻る。
「やっぱり、気にし過ぎですよね! 本物のドッペルゲンガーだったとしても、それはまぁ……あたしがついてなかったというだけで」
「うーん、まぁ死が確定したわけではないけど……」
「ですよね。こんな話聞いてもらって、ありがとうございました。多分、これ以上はあたしの問題なので……」
文野さんにこれ以上付き合ってもらうわけには、とみよ子は話題を切り上げようとした。
が、それは遮られてしまう。
「ところでみよ子さん、ドッペルゲンガーの定義って、どこまでがドッペルゲンガーだと思う?」
「……へ?」
まさかの切り返しに、みよ子はしばし言葉を詰まらせた。
明らかにみよ子は話しを終わらせていたのに、まさか嵯峨ではなく文野からそれに待ったをかけられるなんて……と。
「えっと、まだ続けます? この話。まさか文野さんがこういう談議好きだとは……あたしはちょっと苦手なんですけどー」
「いや、こういう談議というよりドッペルゲンガー自体に対してかな、興味があるのは」
「……そ、それで、定義とは」
「ドッペルゲンガーは幻覚とも生霊とも言われていて、面白い存在であるとは思ってたんだ。ところで、それは外見だけに限られた話なのか? ともね」
「……そっくりさんが、ドッペルゲンガーなんですよね?」
「もちろん。だけどもし、外見の〝複製〟がドッペルゲンガーなら、中身の〝複製〟は? ドッペルゲンガーと同義は出来ないかな?」
「……えっと」
みよ子の声は段々と小さくなっていき、そして歯切れの悪いものになっていく。
それは話題の続行を望まないからではなく、戸惑っているからだ。
あの優しい常識人だった先輩、文野が。
今は饒舌に話し、眉間にシワを寄せながらも、口角を上げているから。
突如として、彼は豹変した。
みよ子はそれに戸惑い、文野は当惑する彼女を見つめながら話を続ける。
「仮に呼称を一緒に出来なくとも、〝複製〟をしている時点で近いものじゃないかと思うんだ。遺伝子レベルで〝複製〟された人間がいたとするなら、確実にそれは現代の生き物ではない。それは確実に危険な何かだろうね。それと同様に、中身を〝複製〟した人間というのは同じくらい不気味じゃないかとオレは思う」
「あの、さっきから中身を複製っておっしゃられてますけど……な、中身って、どういう意味で」
「人格、と言ったらわかるかな?」
人格の複製? とみよ子は首を傾げ、青ざめた。
文野の話の内容にややついていけないが、話の行き先が怪しいことだけはわかっていた。
嵯峨と話をしている時と、同じ空気を感じる。
「人格を複製して、何人も同じ人間が存在する場合。そいつはなんて呼べばいいと思う? みよ子さん」
「何人も、同じ人が……?」
「どうだい? 不気味に感じないか? 一人の脳みそを何等分もして分けたとか、コンピューターで繋げて情報を共有したとか、そういう話ではなく」
一人の人間の人格を、何人もの人間に上書きしてしまう、としたら。
「そいつはドッペルゲンガーに似たものとして、人々に認識されないものかと、オレは疑問に思うよ」
「……文野さんは、そういう人を知っているんですか?」
この言葉を彼はずっとかけて欲しかったのだろうか、とみよ子は思った。
きっと彼は、こういう言葉で尋ねられたかったのだろうと。
みよ子の問いを聞いた文野はまっすぐと彼女を見つめて、満足そうに笑った。
見たことのない、別の誰かの笑顔で。
「もしそんな人間がいるとしたら、キミはどう思う?」
「どうって、言われても……」
返答に困る質問だった。
先程から文野はそういう人間がいたら不気味だとか、ドッペルゲンガー的な存在じゃないかと言ってはいるが、みよ子にはそんな人間を想像することは難しい。
「わ、わからないです。だってそれって、一人の人間が同じ場所に何人も存在するっていうことに……あっ」
「そう、そこがドッペルゲンガーと同じ定義になる」
「でも、そんなのそういうものだと言われても想像するなんて難しいですよ」
「想像? 想像する必要はないだろう?」
「?」
「だってオレがそうなんだから」
あっさりと出て来たその言葉に、みよ子は絶句した。
どういう意味? まさかからかってる? 変な冗談はやめてください。
それらの言葉を口にすることは出来なかった。
だって今みよ子は、自分と同じ人間を目の前にしているのだから。
「オレがそうなんだよ、オレは文野
「……そ、れは、本当に……」
「詳しい話をするのはややこしいし、キミに聞かせなくてもいいだろうとオレは思っているけど、聞きたいなら長い長い事情を説明してあげなくもない。けれどそれについてオレはあまりオススメしないな」
「……あなたは、誰なんですか?」
「それじゃあオレも今更ながら聞かせてもらうよ。キミは誰なんだい?」
それを聞いて、みよ子はつばを飲み込んだ。
どうしてその言葉が文野から、男の口から出るのかがわからなかった。
「あぁ、嵯峨のことは責めないでやってくれ。嵯峨から聞いたわけじゃない、オレは単純にそういうことを調べるのが趣味というか、日課みたいなものだから。それにキミが他の誰かだということも分かった上で、オレは自分の話をしているんだ。……ところで」
見た目を〝複製〟されたキミと、人格が〝複製〟されたオレでは。
一体どちらが本物の人間だと呼べると思う?
文野の姿をしたその男は物憂げに一瞬笑ったが、その憂いは瞬きの間に消え去っていた。
自分と同じ人間を目の前にして、みよ子は言葉が全く出てこなかった。
何を言っても彼に見透かされる気がして、誤魔化しも通じないと悟ってしまって。
何も、言うことが出来ない。
あたしはあたしだけど、確かに彼の言う通り、あたしは本物ではない。
とくに元の自分を忘れてしまっている点で言えば、まだ彼の方が本物ではないかと思えてくる。
本物でないとしたら、やはりそれは……。
「ドッペルゲンガー」
みよ子の心の声が聞こえていたかのように、男は続きを口にした。
「わかりやすいね、キミは。それはとてもいいことだと思うよ」
「……」
「もしキミとオレが同じ存在なのだとしたら、オレ達は揃ってドッペルゲンガーだと言われてもそうだとしか言えないし、人間でないのなら人間ではない何かなんだろうね」
「……あたしは、人間です。ちゃんと、あたしはあたしだって……」
「それはキミの主観であって、世間はそう見てくれないのかもしれない。オレも同様にね」
生き苦しい世界だよ、ホント。と男は鼻で笑った。
組んだ足をテーブルに載せて、もう「文野」という人間を演じる気がないらしい。
「さて、少々いじわるな話をしてしまったが、今がタイミングかな」
「……?」
「オレに何も言わずにこの場を去るなら、今このタイミングだということさ」
男はニッコリと笑い、みよ子を見据えた。
そして、どうぞとドアの方を指し示す。
「……」
みよ子は少し躊躇ったが、軽く頭を下げると鞄を抱えソファから立ち上がる。
そして唇を噛みしめ一度も振り返ることなく、研究室をあとにした。
首にかけているペンダントをいじりながら、どこか遠くを眺める文野の姿を、なるべく見ないように。
-CREDIT-
SCP-963「不死の首飾り」
©TheDuckman
http://www.scp-wiki.net/scp-963
ブライト博士の人事ファイル cAdminBright
http://ja.scp-wiki.net/dr-bright-s-personnel-file
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