行方不明の少女 - 02
細かいところを思い出そうとするのは難しいことだった。
事件のショックのせいだろうと医者には言われたが、果たしてそれが本当かどうかも怪しい。
とにかく、少女は男に車に押し込められ、目を開くと車内には既にもう一人、自分と同じようなタイプの女子中学生がいた。
顔が似ているという話ではなく、雰囲気やクラスにおける立場がきっと同じなんだろうなという少女。制服は隣の中学校のものだった。
車が発進し、ドアを開けて飛び降りようと考えたがドアは内側から開けられないよう壊され、二人はじわじわと迫りくる恐怖を誤魔化すように手を握り合った。
確か彼女の名前は「
車が止まるとナイフで脅され、静かに家に入るよう二人一緒に下ろされた。
誘拐されたことは理解出来ていたが、これから何をされるかはわからなかった。
結論から言えばその日から何日も監禁生活を強いられることとなったのだが、彼女らが閉じ込められた部屋には既に誰かが生活していたような痕があった。
だが、その先人の居場所は最後までわからなかった。
少女らは手を上げられることはなく、食事と寝床を与えられ、しかし外出は一切禁止。
カーテンを開けることも禁止。TVを見ることもネットを使うことも禁止。
少女達の部屋には布団しかなく、監禁生活の暇と恐怖を紛らわせるのにはお喋りをするしか手段がなかった。
そしてお互い似た雰囲気の中学生と思っていたのだが、話してみると中身は真逆と言ってもいい程だった。
片方は明るく、体を動かすことが好きな性格。
もう片方は静かに本を読むことが好きな性格だと判明した。
長い監禁生活は、互いのことを語り尽くすには十分だった。
彼女達にとっての味方は互いでしかない。
いつ男にどんなことをされるかわからない恐怖と、毎日毎日今日も何もされなかったという得体のしれない恐怖に蝕まれていく。
毎晩眠る時には互いの手を固く結び、明日も何もありませんようにと祈るばかりだった。
しかし少女を二人も誘拐するというリスクを犯した男にとって、目的は存在した。
その目的、計画と言ってもいい程のことが始まったのは突然だった。
ある日、少女の片割れが腕を引かれて部屋の外へと出された。
絶対殺されてしまう、きっと殺されてしまう、殺さないで、次は私、殺さないで、一人にしないで、お願い。
泣き叫んで懇願しても、男の力には敵わず少女は連れて行かれた。
そして数時間が経過すると少女は部屋へと戻された。
生きて帰って来た、よかったと安堵したかったがそうするには少し時間がかかった。
「……誰?」
少女の口からはそんな言葉が零れ落ちる。
しかし話してみれば、一緒に誘拐された少女に違いはなかった。
そして息次ぐ間もなく今度はもう片方が部屋から連れ出され、また数時間すると部屋へと戻された。
そうして彼女もまた、自分が投げかけた問いと同じものをぶつけられる。
「……誰?」
部屋から出された少女は洗面所へと連れて行かれた。
その時の拒絶、安易に想像出来る絶望と嫌悪と吐き気を訴えたが、男は「そんなことをしたいんじゃない」と答え洗面台の前へと少女を座らせる。
そして少女を暴れぬようカミソリで脅すと、あるクリームを手に取り少女の顔に塗り始めたのだ。
わけがわからぬまま、されるがままの少女は体は強張らせていたが、数時間にわたって念入りなクリーム塗りが終わると鏡を見せられる。
「これが今から君の顔だ、███ 」
誰の顔かもわからない顔が、自分の顔に貼り付いている。
奇妙な気分だった。というか、意味が解らなかった。
しかもそれはもう一人の少女にも及んだもので、誘拐された二人の女子中学生は全く同じ顔の人間になってしまったのだ。
そしてその日以来、男は彼女達をある名前で呼び始めた。
まるで一人の人間が二人存在しているかのように、二人共を同じ顔にして、同じ名前で呼ぶ。
到底、彼女達には理解出来なかった。
少女達も初めこそはどちらがどちらかをはっきりさせていたし、朝目が覚める度にお互いの名前がどちらだったかの確認をしていた程だ。
だがその名前、少女達の本来の名前で互いを呼び合うことを男はよしとせず、ついに男は手を上げるようになった。
殴られたくない、蹴られたくない、階段から落とされたくない。
でも私達はわたしたちなのに、███ なんて人は知らないのに。
バットで頭を殴らないで、アイロンを背中に押し付けないで、ネクタイで首を締めあげないで……。
でも、私達は誘拐された、××中学の中学生で、お父さんとお母さんが家で……きっと探していて……。
あれ? 弟がいなかったっけ?
お姉ちゃんの間違いじゃない?
本が好きなのが私だよね?
体育祭が好きなのがあなたじゃなかったっけ?
得意科目は? 部活動は?
好きな人は? 彼氏はいたっけ?
あれ?
「……どっちが〝わたし〟だっけ?」
お互いのことを聞かせ合い、知り尽くし、楽しかった思い出も悲しい思い出も知っている。
それで、どっちがどっちだっけ?
同じ顔と同じ名前を植えつけられた少女達、庇い合う彼女達は次第にどちらがどちらか区別がつかなくなっていた。
長い監禁生活へのストレスもあってのことだろうが、お互いを思い合う気持ちも強かった為だろう。
彼女が死ねば、一人になる。
二人なら耐えられるけど、独りでは耐えられるはずがない。
互いに同調し合った結果、区別がつかなくなっていた。
そして顔を変えられてからしばらくし、少女達が自分の名前を忘れた頃。
男は計画の最終段階へと入った。
彼の想い人の顔、名前をした少女を、狂おしい程に愛している女を。
犯して殺す。
それが彼の妄想を現実にする計画の最後。
その日、片方の███が久し振りに部屋から連れ出された。
男の鬼気迫る雰囲気から二人はこの後のことを察し、あらゆる手段で抵抗した。
やめて、殺さないで、穢さないで、彼女を、わたしを、壊さないで。
男は適当に選んだ片方を無理矢理押し倒し、邪魔をするもう片方を突き飛ばすともう片方の少女は頭を打ち付け気絶してしまった。
少女が抵抗すればする程男の夢は実現し、夢中になり、判断を狂わせ、この家を突き止めた警察の到着に気付かせるのを遅らせた。
およそ三ヶ月もの間、行方不明だった女子中学生達は発見された。
犯人も逮捕され、事件は解決。
一人の犠牲者と一人の生還者を生んだ事件は大々的に報道され、それから半年はニュースに上がりっぱなしだったのではないかと思う。
また逮捕の際、男の家の裏庭から遺体が一つ出たことから一人目の犠牲者もいたということが判明し、隣の県で家出だと思われていた少女の遺体だと判明もした。
連続誘拐殺人事件の生き残りとなったその少女は世間からの注目を浴び、無事に家に帰ることが出来ましたとさ。
× ×
「ただ、そんなに簡単に幕を下ろせる事件じゃなかったんです」
めでたしめでたし、と拍手の準備をした男は固まった。
「言いましたよね、どっちがどっちか……もうわからなくなってたって」
「言ってたねえ」
顔と名前が同じになってしまった少女達、可哀想な少女達、互いを自分の半身とさえ思いこむようになっていた少女達。
「あたし、……あたしは、」
一体、誰なんでしょうか?
少女は向かいに座る、真っ黒な男にそう尋ねた。
声を上ずらせながら、涙をこらえて、この六年間ずっと誰かに聞きたかった言葉をこんなところで口にするなんて、と。
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