行方不明の少女 - 03


 警察に保護された彼女が一番最初に困ったのは、どちらの家族が元の自分の家族かわからないこと、だった。

 もちろんDNA鑑定をすればすぐにわかることであり、それによってすぐ家に帰ることも出来たのだが彼女の中にはずっと違和感がくすぶっていた。

 家族と過ごした時間があって、それは思い出であって、かけがえのないものなのに……。

 元の名前も思い出せない自分が、この人達の世話になってもいいのだろうか?

 きっと自分の名前であったはずのその名前も不自然で、顔が変わってしまった少女を見る家族の目はどこか距離があって、通っていたはずの学校に行っても奇異の目を向けられるだけだった。

 そして何より彼女を苦しめたのは、もう一人の自分が身代わりに殺されたという事実だ。

 眠ろうとすると彼女の手を思い出す。

 鏡を見れば彼女が映っている。

 時折呼びかけられる本当の名前は、彼女のものではなかっただろうか?


 持ったのは三日だけだった。

 多大なストレスにより彼女は吐いてしまい、高熱と治まらない吐き気に襲われ眠れない日々を過ごし、髪は真っ白になってしまった。

 瞼を閉じると犯人に襲われそうになっている自分を思い出す。

 そして次の瞬間、今まさに襲われている視点へすり替わる。

 元の顔が思い出せない、彼女の元の顔も思い出せない。

 独りになってしまった二人は、一つの体ではいられなかったのだ。


「それで耐えられなかったあたしと、あたしに耐えられなかった家族は色々面倒な手続きをして何とか他人になって、あたしは丸一年学校に通えず、手を上げてくれた赤の他人である仮の家族に育ててもらいました」


 だから『家族がいなくなっちゃった』。

 だから『中学でダブっちゃった』。

 笑顔を絶やさない目の前の男がどうしてその部分を知っているのか、噂好きが高じたところでそこまで情報を得られるものではないのではないか。

 不可解なことが多いが、男は彼女の話を真摯に聞いている。

 そこだけは許せるところだった。


「なるほどね、それじゃあきみはその犯人に人生狂わされちゃったってわけだね。大変だったねぇ……なんて口で言うのは簡単だけど」

「えぇ」


 全部を話してしまい全てを思い出した今、男に対して怒る気力もない。

 彼女の胸に湧いてくるのは、自分の半身を失った痛みだけ。


「それで、こんな話を聞いてどうするつもりだったんですか? 誰かに言いふらしたり、誰かに売ったりってとこですか? もう六年も前の話ですよ」

「いやいや、だから言ったでしょ? 俺は噂が好き、都市伝説や怪談がね」

「……はあ」

「こんな話、誰かに言ったところで信じてもらえると思う?」

「……」


 誘拐殺人事件に巻き込まれた、という点だけで言えば物珍しく人の興味を引くだろう。

 だがおかしなクリームを塗られ、顔を変えられた。

 そんな話、誰が信じるものか。

 事件当時、警察ですらDNA鑑定が出るまで誰も信じなかったのだから。


「俺はね、こういう奇妙な話をただ集めたいだけなんだよ。たくさん聞きたいし、たくさん語りたい。お喋り好きだからね」

「コレクションってところですか?」

「まぁそんな感じ! とにかく今日はきみからこの話が聞けてとっても嬉しいよ! 何だろうなぁ……題して、『半身だった少女を切り落とした、人でなしのお話』かな?」

「……」


 まさか自分が人でなしだと思った男に、言葉通りに〝人でなし〟と呼ばれるとは、と少女はため息を漏らす。

 しかしこの秘密を言いふらさないとこの男が言うのなら、それでいいと思った。

 六年間、腹の底にためていた膿を吐き出したような罪悪感と少しの安堵。

 そしてやっと、少女は「話はこれで終わりですから」と立ち上がることが出来た。

 授業が始まってもうしばらく経ってしまっている。

 あまり目立つ行動はしたくないから、途中入室はしたくない。

 どこかで時間を潰そうか……と考えていると、「そういえばさあ」ともう聞きたくもない声がまた飛んできた。


「……なんですか」


 疲れた顔を向けても、男は変わらずムカつくような笑顔だ。


「今のきみは、だあれ?」

「……」

「使ってる名前があるでしょう? こうして普通に大学生活を送ってるってことは。名無しじゃあ通せないだろうし?」


 いじわるなのか好奇心なのか……。

 まぁそんなことはもうどうでもいいや、と少女は重たい口を開いた。


「みよ子、漢字だと己代子みよこって書きます」


 私達のどちらかが美代で、どちらかが陽子。

 そしてあの男は今の顔を「ミヨコ」と呼んでいた。


「私達の名前をくっつけると『みよ子』なんですよ。だから……それでいいかなって」

「ふんふん、己に代わる子で『己代子』……ね。自戒かな?」


 その問いには答えなかった。

 みよ子は疲弊しきった顔で、菓子パンを詰め込んだ袋を片手にふらふらと食堂を出て行く。

 もうあの男と関わることはないだろう。

聞きたがっていた話は全部話したし。

 そう願いながら重い足を進めるみよ子だったが、そんな彼女の背中を男はしみじみと眺めていた。


「みよ子ちゃん、ね。覚えたよ、ミヨコちゃん」


 噂を集めるのが好き、たくさん聞くのも、話すのも好き。

 奇妙な噂、嘘っぱちだと一笑される都市伝説、超常現象を含む怪談。

 それらの話をしたところで、誰が信じると思う?

 男はみよ子に対してそう言った。


「でもそんな奇妙な体験をした当事者なら、どんな話でも信じてくれるんだよね」


 その声音には期待が含まれていた。

 次の話し相手、お喋り相手、一方的にただ話を聞いて信じてくれる相手をみーつけた、と言わんばかりの声だった。

 頭のてっぺんから足の先まで真っ黒で、ややしゃがれた声で滑らかに言葉を連ねて行く、飄々とした青年。

 この大学の研究室に住んでいるとされている大学院生が彼だった。

 学生らはもっぱら彼のことを、お喋りガラスと呼んでいる。




-CREDIT-

SCP-924-JP「カレの好きな私」

©boatOB

http://ja.scp-wiki.net/scp-924-jp

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