コトノハ

     ***


 ウルハシの村には今日も愛する者との再会を望む者たちが集まっていた。

「みなさんから見て右手の方に見えるのがオンコトの森の女森。『コトノハ』を採集する森です」

 世話人の男が声を張り上げる。

 ひとつ説明が終わるたび参拝者たちがそれぞれに声を上げた。「へえ」とだけ、おとなしめに反応を示す者。いちいち「まあ、すごい!」と大袈裟に言う者。「そんなことより早く出発してくれないか。何のためにこんな山奥まで来てると思ってるんだ」などと苛立ちをぶつける者は、同じ参拝者からも白い目で見られていた。

 世話人の男は彼をなだめはするが自分の仕事は全うするつもりだ。手に持っていた大きな木の葉を頭上に掲げもう一声聞かせる。

「もう一度確認しますが、コトノハは返品不可です。しかし参拝の道は険しく途中で引き返す方が大半です。最後にもう一度よーく考えて購入してください。あとで文句を言われても私にも村の人にもどうしようもできませんのでご注意ください。いいですか、これは国で決められた規則ですからね! すぐ近くの関所には王国軍の兵士も常駐していますから、ゴネたりしたらすぐ通報されますからね。いいですね?」

 彼の仕事の中で一番重要とも言える注意だ。

 そしてこの台詞が出ると間もなく出発という合図でもある。

 カナギは腰帯をキュッと締め直して空の背負子しょいこを担いだ。弓と矢を肩にかけ腰鉈を下げる。その他の道具は肩から提げた雑嚢に詰めた。

 背負子は人を背負うために念の為持っていくものだ。自分よりずっと大きな体の大人を運ぶには、背負子があるのとないのとでは全然違う。

 世話人の男がカナギの方に顔を向けた。

 目を合わせ互いに「うん」と頷く。

「それではこれより大樹に向けて出発いたします。みなさんから見て今度は左手、こちらに見える山がオンコトの森の男森でございます。森と言いながら実質山です。それほど高くはありませんが先程言った通り、大樹までの道は険しいものですので、案内役の彼の言うことを必ず守って登るようにしてください」

 男はそう言って、少し離れて立っていたカナギを指した。いっぺんに視線が集まる。

「よろしくどーぞ」

 どうせ「案内役さん」とか「」としか呼ばれないのだから名乗る必要はない。カナギは軽く挨拶をして参拝者の顔を見回した。皆仕立ての良い衣裳に身を包み、中には豪勢なアクセサリーで飾っている者もいる。

 全部で十二人。内、二人が女性、三人が初老。ちょうどいい年頃の、頑丈そうな体の持ち主は――

「まあ、今日は二人ってとこか」

「ちょ、ちょっと、カナギくん。そんなこと言わないで。全員連れてくつもりで頼むよ」

「俺はいつもそのつもりだけど、参拝者自身がこれじゃあさあ」

「ほら。そういう目で見ない。今日はいつもより多めに払っているんだから……わかってるよね?」

 世話人が耳打ちする。今の会話が参拝者の耳に入っていやしないかと焦っているようだった。都から参拝者を連れてくる世話人の中でも彼とは気が合う方だから、つい緩んで余計なことを言ってしまうのだ。

「それはこっちも仕事だからな。入り口にあと五人用意してるさ。でも上まで登れるかどうかは――」

「それ以上は言わない。ほら! みなさんを案内して。日が暮れる前に戻るにはもう出ないと!」

 彼はカナギの両肩を掴んでくるりと森の方を向かせた。

「わかったよ。行くよ。行くってば」

「よろしく頼んだよ」

 カナギには念を押し、

「それではみなさん、お気をつけて。無事のお帰りをお祈りしております」

 参拝者たちには深々と頭を下げてから、笑顔で手を振り見送った。


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