ひつぎもり

 トントンと、すぐ近くで何かを叩く音がする。

 ついでのように自分を呼ぶ声が聞こえてくるのだ。

くぐもった少女の声が自分の名前を立て続けに二度呼んだ。少し間をあけてノックをして、そしてまた名前を呼ぶという行為を繰り返しているようだった。

 その声にうながされて、ギーベリは目を覚ました。

 目を覚ましたはずなのに、彼の視界は真っ暗闇のままだった。

 何が起きているのかと、まだ覚め切らぬ意識の中で探っているともう一度ノック音が聞こえてきた。

 近くから聞こえてくるというよりは、その音に包まれているような感覚だ。それを不思議に思っていると自分の上の方でぎしぃと何かが軋む音がした。顔の前でしたはずのその音を『上の方から』と知覚したことで、ギーベリは「ああ、自分は横になっているのか」となんとなしに認識した。

 かといって、「それではいったいどこに横たわっているのか」などとまでは思考が至らない。

 ギーベリはまだまどろんでいた。

 とろんとした心地よい浮遊感のような感覚に包まれたまま、もう少しだけ目を開いてみようと意識すると、突然そこに光が差し込んできた。

 視界の端に出来た細く長い隙間から、矢のように差した光は、ようやく開こうとしていたギーベリの眼を眩ませた。

 なんとか片目だけでもと、薄目をあけて様子をうかがうと、目映い光の刺激のその向こうにぼんやりと何かの像が浮かび上がった。

 こちらをのぞき込んでいる。

 ギーベリの目の前に四角いのぞき窓の形で開けた世界に、幼い少女の顔がのぞき込みじいっとこちらを見つめている。

 影になっているせいで細かなことはよくわからなかったが、肌がとにかく白いということと、彼女の艶やかな長い髪はつい先ほどまで対峙していた暗闇よりも深い黒であるということだけはよくわかった。

 細くしなやかな髪の一束が、さらさらと流れ彼女の頬を隠し、そしてギーベリの鼻先をくすぐった。

 なんて良い香りなんだと思った瞬間。

 突然、自分の体が暴れ出した。

 目、鼻、耳、皮膚、筋肉、はらわた……ギーベリを構成するあらゆる器官とその感覚が一斉に脳へと信号を送りはじめた。

 感覚や思考は完全に混乱していた。

 頭が真っ白になるというのとは違う。

 意識がぐちゃぐちゃにかき回されて、五感がとらえた情報を次から次へと詰め込まれて、処理は追いつくはずがないのにそれでもその一つ一つを認識できている。

しかし。

「目覚めたか? ……目覚めたな、ギーベリ=スティートよ」

 少女の声が鈴の音の音階でギーベリの耳に届き、そしてその音は張り詰めた鋼糸のようにまっすぐに彼の脳を貫く。

 たったひとつ外界からの刺激が追加されただけで、彼の処理能力は限界を超えてしまった。

 せっかく目覚めたというのにギーベリは、あまりのめまぐるしさゆえに、すぐさま気絶してしまった。


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