***


 そうして僕はメントルの元へ戻った。

 もう夜が始まろうとしているというのに、彼は僕を快く迎え入れてくれた。

「ここに戻ってきたということは、覚悟ができたということですか」

 彼は探るような眼差しで微笑む。

 僕は嘘がつけなくて、「覚悟がある」とは言えなかった。

 だけど、けっしてあきらめたくはないのだと、そう彼に告げた。

 そんな僕に、彼はなんの迷いもなく彼女の幻影を譲ってくれた。

「パテマの幻影、そして私の幻影を得て、少し顔つきが変わったかもしれませんね」

 彼はわざとらしく意地悪な口調で言った。

 この人は、僕の心にかかった靄をいちいち言語化してくれる。

 わかっている。

 またひとつ、彼女に近づいたはずなのに、一歩ずつ遠ざかっているような気がしている。

だけど僕は一生懸命に『僕の彼女』を思い出して不安をごまかした。




「本当に、彼女は……その、毎晩あなたの相手を?」

 別れ際に僕はたまらずたずねた。

「それは、彼女にふたたび出逢えた時に、直接聞いて確かめればいいでしょう」

 彼はいたずらっぽく笑った。

 聞くんじゃなかったと、僕は少し後悔しながら彼に別れを告げた。

 彼は僕と、僕のそばにいる彼女の幻影にそれぞれ声を掛け笑った。

 彼もまたフィロスと同じように、清々しい顔つきで僕らを送り出してくれたのだ。



 今、僕のそばにいる彼女の幻影はいったいどんな顔をしているだろう。

 フィロスに向ける顔。

 司祭様に対する顔。

 メントルに見せる顔。

 パテマが眺めた顔。

『どれか』と考えはじめれば、不安はけっして消えることはない。村を発った直後に比べて立ち止まることも多くなったし、来た道を振り返ることも増えた。

 だけど僕は、それでも彼女に会いたくて会いたくて、また次の思い出を求めてしまうんだ。

 あといくつ。

まだ、まだまだ。

 僕の大好きな彼女の笑顔と出会えることを祈りながら、『思い出巡り』の旅は続いてゆく。

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