6
***
そうして僕はメントルの元へ戻った。
もう夜が始まろうとしているというのに、彼は僕を快く迎え入れてくれた。
「ここに戻ってきたということは、覚悟ができたということですか」
彼は探るような眼差しで微笑む。
僕は嘘がつけなくて、「覚悟がある」とは言えなかった。
だけど、けっしてあきらめたくはないのだと、そう彼に告げた。
そんな僕に、彼はなんの迷いもなく彼女の幻影を譲ってくれた。
「パテマの幻影、そして私の幻影を得て、少し顔つきが変わったかもしれませんね」
彼はわざとらしく意地悪な口調で言った。
この人は、僕の心にかかった靄をいちいち言語化してくれる。
わかっている。
またひとつ、彼女に近づいたはずなのに、一歩ずつ遠ざかっているような気がしている。
だけど僕は一生懸命に『僕の彼女』を思い出して不安をごまかした。
「本当に、彼女は……その、毎晩あなたの相手を?」
別れ際に僕はたまらずたずねた。
「それは、彼女にふたたび出逢えた時に、直接聞いて確かめればいいでしょう」
彼はいたずらっぽく笑った。
聞くんじゃなかったと、僕は少し後悔しながら彼に別れを告げた。
彼は僕と、僕のそばにいる彼女の幻影にそれぞれ声を掛け笑った。
彼もまたフィロスと同じように、清々しい顔つきで僕らを送り出してくれたのだ。
今、僕のそばにいる彼女の幻影はいったいどんな顔をしているだろう。
フィロスに向ける顔。
司祭様に対する顔。
メントルに見せる顔。
パテマが眺めた顔。
『どれか』と考えはじめれば、不安はけっして消えることはない。村を発った直後に比べて立ち止まることも多くなったし、来た道を振り返ることも増えた。
だけど僕は、それでも彼女に会いたくて会いたくて、また次の思い出を求めてしまうんだ。
あといくつ。
まだ、まだまだ。
僕の大好きな彼女の笑顔と出会えることを祈りながら、『思い出巡り』の旅は続いてゆく。
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