***


 そうして僕は旅に出た。

 最初に訪れた隣りの村で、二つ目の思い出を手に入れた。

 それは彼女がよく手伝いをしていた教会の司祭様にくっついていたもので、僕が知っている彼女とは少し表情が違っていた。

 よそ行きの顔といえば、さして問題はない。

 ただ僕は、そっちの方こそが本来の彼女だったらとほんの少しでも考えてしまって、その考えに引っ張られてしまって、彼女の幻影を手に入れられたというのに、心の底から喜ぶことができなかった。

 司祭様の知っている彼女は、フィロスのように僕より大人びて見えた。

 隣村の大人たちと話す時。子どもたちと話す時。男と話す時、女と話す時。司祭様と話す時。

 全ての時で顔を使い分けているように見えた。

 そんなはずはない。

 僕の知る彼女はそんなことをしない。

 きっと、司祭様の主観が強く反映したのだ。司祭様は彼女のことを誤解しているのだ。僕はそう思うことにしたが、僕のそばにいるらしい彼女の幻影が、司祭様から譲り受けた彼女の幻影に汚されたような気がして、すごく不快になった。




 三つ目の幻影を見つけたのは、さらに離れたところにある、小さな街だった。

 小さな街といっても、僕らの住んでいる村とは比べものにならないくらい人も建物も多いところで、人が歩くところは石畳に整備されていて、馬車の荷台でさえも素材・装飾すべてにおいて僕の家より立派だった。

 小さいけれど、立派な街。

 ここが彼女の死んだ街。

 隣村の教会で奉仕をしていた時に偉い学者さんに気に入られ、「たまに街に来て、身の回りの世話をしてくれないか」と頼まれたのだ。

 それで彼女は隣村だけでなく、街にも出ることになったのだが、そこで何をしていたかは詳しくは知らない。

 わざわざ遠い村から出向いて何をしていたのかは知らない。

 そんな街でどうして彼女が死を選んだのか、僕は知らないのだ。

 彼女は自ら死を選んだそうだ。

 それだけは知っている。

 建ち並ぶ背の高い家々の輪郭をひょいと乗り越えて、彼女は飛んだ。

 細身の体は石畳に打ちつけられ、見届けた幾人もが「ああ、助からないな」「可哀相に」と直ちにこぼしたそうだ。

 僕が彼女の足跡をたずねて人々に声をかけると、意外にも多くの人がそうした彼女の最後の場面について教えてくれたのだけれど、その中に、『理由』を知る者はいなかった。

 そして彼らは口々に言うのだ。

 その娘は、口数少なく目立たず、いるのかいないのかわからないような娘だったよと。

 僕は途端に不安になった。

 僕の知る彼女は、やわらかな笑顔で誰しもの視線を集め、優しい言葉を惜しみなく振りまく人だった。

 やはり僕が知っている彼女とはかけ離れた彼女がいるのではないかと怖くなった。

 僕の知っている彼女でも、隣村の司祭様に付き従っていた彼女でもなく、まったく別の彼女が存在していて、それこそが本当の彼女かもしれないと思うと、僕は怖くて前に進めなくなった。

 だけど、進まなければもう二度と彼女には会えないわけで……。

 石畳の道の端っこでそんな堂々巡りに陥っていると、誰かが僕に向かって声をかけた。

 名前を呼ばれたわけでもなく、「ちょっと。そこの人」などという曖昧な呼ばれ方だったけれど、どうしてか僕は、僕を呼んだ声だとすぐに理解できた。

 振り返ると、そこには一人の若い男が立っていた。

 隣りに寄りそっていたのは、まぎれもなく彼女の幻影だった。

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