死者と生者と恋煩い

葛生 雪人

思い出巡り

 君が死んでから、もう何日が経っただろう。

 僕は四つ目の君の思い出を手に入れて、前に進むことに少しだけ躊躇しているんだ。






         ***


僕らが住む世界には、『思い出巡りパニヒダ』という儀式がある。

 死んだ人の思い出をみんなで語り、その人がこの世に存在したことを世界に認識させるというものだ。

 いつの時代も、故人に対する想いというものは強いもので、その強さ故に、儀式はいつしか違う意味合いを含むものと変わっていった。

 僕らの時代、『思い出巡り』というものは死者を生き返らせるための旅路を指すようになっていた。

 人は、誰かに認識されることでこの世に存在するのだという。僕の中にある君の思い出。誰かの中にある君の思い出。それらが一つに集約されることでふたたび『君』という存在になるのだという。

 どういう理屈だかはわからない。

 だけどそれで、死者は蘇りまた僕の前へと姿を現してくれるのだ。

 どれだけの思い出が必要かもわからない。

 だけど僕はもう一度君に会いたくて、『思い出巡り』の旅に出たんだ。

 毛皮のマントと振り香炉、そしてわずかな食糧と家中からかき集めた数枚の金貨を革の肩掛け鞄に詰め込んで、僕はいつ終わるかわからない旅へと出掛けたんだ。




 僕は旅に出る前に、まず村の人から君の思い出を譲り受けた。

 死者に対して強い想いを抱くものは死者の幻影を連れていて、その幻影は、やはり死者を強く想うものにしか見えないようで、そういう者同士が接触しない限りは僕らは幻影というものを意識することがなかった。

 彼女が死んで間もなくは、僕は誰の背後にも彼女の幻影を見ることができなかった。

 誰も彼女を強く想ったりしないのか。

 それとも、僕の彼女に対する想いがその程度のものだったのか。

 僕は悩んだ。

 二晩ほどだったろうか。

 悩んで眠れなくて、太陽が昇っても焦点がなかなか定まらなくなったころに、ようやく彼女の幻影が姿を現した。だから僕は最初にそれを見つけた時は、寝ぼけているせいだと思って信じようとしなかったんだ。

 何度目をこすってみても、彼女の幻影は消えなかった。

 僕の知っている姿で、優しくやわらかな微笑みをたずさえて、彼女の親友のそばにぴったりと寄りそっていた。

 僕は本当に嬉しかった。

 誰かが彼女をそれほどに想っていてくれたことが素直に嬉しかったし、なにより、それを自分自身の目で確認できたことが何よりの喜びだった。

 僕の、彼女への想いが認められたような気がした。

「ねえ、僕は『思い出巡り』を始めようと思うんだ。だからまずはじめに、その思い出を譲ってくれないか?」

 僕は迷わず彼女の親友に声をかけていた。

 視線はその後ろ、彼女の幻影だけを見つめていた。




 はじめは彼女の親友だった。

 フィロスという名の少女だった。

 僕らと三つしか年が違わないというのに、二人の子どもをもつ母親で、その顔つきはやはり僕らのような子供じみた風ではなく凜々しく力強い大人の顔をしていた。

 フィロスは言った。

「私にはできないことだから、それならあなたにその子を託すわ」

 フィロスは自分が背負う幻影ではなく、僕の背後を指差した。僕の背後の彼女は、これ以上ない笑顔でフィロスに挨拶をしたのだという。

 彼女の親友は別れ際に少しの涙を流したけれど、清々しい顔つきで僕らを送り出してくれた。


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