深夜のおでかけ

 残暑の日の出来事から数か月たった。そろそろ木枯らし一号が吹くころだろうか。先の出来事はあくまでも一時的なものとして、忘れかけていた。その間、月に何度かは母の様子をみに行ったりはしていたが、特に変わったことがあるわけではなかった。


 自宅アパートの部屋にて、石油ストーブを出そうかと思いつつも、毛布に包まりながら夫とソファーでまったりしていた午後十一時半。家の電話が鳴った。

 こんな遅い時間にかかってくるのは、何かしらイヤなニュースであることは間違いない。電話に出ると従兄からだった。


「今、おばちゃん(母のこと)が子供ら(私と妹のことらしい)来てない?って家に来たんだけど…」


 今?こんな夜中に?子供ら?

 たくさんの疑問が湧いてくる。


 従兄の家は、母が住む実家から歩いて五分ぐらいのところにある。父の実家でもあるので私たちは本宅と呼んでいる。ちなみに私の実家は隠居と呼ぶ。祖父の隠居先だったらしい。

 私も妹も結婚してそれぞれ家を出ている。私は実家と同じ市内(車で三十分ぐらい)に住むが妹は他県(新幹線とローカル線で六時間ぐらいかかる)にいる。私も月に数回、様子を見に行くことはあるがこの日は実家には行っていない。


 どういうこと?


「話を聞いているうちに、自分(母)が変なこと言っているのに気づいて、寝ぼけたのかなって言いながら帰って行ったけど、早めに(認知症の)病院に連れて行った方がいいぞ」


と、従兄は言って電話をきった。従兄も認知症の親を看ていた経験がある。経験者の看たてで、そう言ったんだと思う。


 いよいよかー。


 とりあえず実家に電話をしてみた。まだ母は起きていて、自分の奇行に恥じらいながら


「子供らの小さい頃の夢を見て、本宅に行ってくるって出て行って帰ってこないから迎えに行ったの」


と…


 夢と現実の区別がつかなかったらしい。


 話は筋が通っている。これが認知症と呼べるのかどうなのか…

 明日母の様子を見に実家に行こうと思いながら電話をきった。


 次の日、実家に行って母と話をしてみると普段と変わりない会話が出来る。母も昨日のことを覚えていて自分なりに自己分析している。

 まあ寝ぼけることもあるよね…でももしこれが認知症の人が徘徊する時の症状だったとしたら今後目が離せなくなるのかな。私はぼんやりと考えていた。


 未来へのはっきりしたビジョンはその時はまだ見えていなかった。


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