第十一章 最終決戦

第六十七話 変身、≪月≫



 目を開くと、景色は僕の部屋から廃墟の街へと変わった。


 ≪神々の玩具箱アルカーナム≫。今夜ここで、ミカエルとの決着をつけるんだ。


 僕は、高いビルの屋上に召喚されたようだ。


 すぐに目に入るものが、三つ。

 僕の今いるビルを中心に、三方向に存在している。


 ひとつは神々しく輝く木。新緑の葉の中に、桃色に薄く輝く大樹が一本。

 あれが≪女帝≫の≪アルカナ≫。かつてかなえが僕を助けるために契約した≪アルカナ≫だ。


 もう一つは、紺色の重壁に囲われた要塞。城壁の隙間からは、いくつもの砲身が覗いてる。

 あれが≪塔≫の≪アルカナ≫で間違いないだろう。この世界で最強の男、猪神岩司いがみがんじが契約した強力な≪アルカナ≫。

 僕が、これから契約しなければならない≪アルカナ≫。


 そして、最後の一つ。

 高らかな≪大転生の喇叭リザレクション・コード≫の音色が響くと、いくつもの召喚の光の柱が立つ。

 神々しい≪指笛コール・コード≫の音色が響き、周囲から発光する様々な生物がそちらへ向かって集っていく。中には、≪太陽≫……アマちゃんの≪アルカナ≫である炎の不死鳥もいた。

 ミカエルだ。あそこでは、ミカエルが過去の召喚者たちと≪アルカナ≫を契約させ、操り人形となった≪契約者≫を生み出しているのだ。


 僕は、右手の指輪を掲げる。恭子さんから受け継いだ≪月≫の指輪。


「変身!」


 その瞬間、静謐な光に全身が包まれる。

 この光は、アマちゃんの力を身にまとう時とはまったく違う。

 僕の中のミカエルを倒さなければならないという衝動を、静けさの中へ鎮めるような光。




 そして僕は、アマちゃんを召喚したときと同じ真っ白な空間にいた。


 目の前には、白い着物を着た白髪の美女。


『お前は、あの≪太陽≫の娘の契約者であるな。わらわは≪月≫のアルカナ……ツッキーと呼ぶがよい』


「ツッキー……なんか、アマちゃんとネーミングセンスが似ている気が……」


『馬鹿者! わらわをあの娘と似ているなどとは! 似ておらぬ!』


「いや、似てるって。しゃべり方まで」


『ぐ……そんなことないであろう! わらわはあの小娘とは違ってもっと……知的というか、美しい感じであろう!』


「あはは、まぁ、見た目はそうかも」


 僕の契約するアルカナは、どうしてみんなこう少し可愛いんだろう。


『見た目は、とはなんじゃー! わらわは美しいんだもん!』


 もんって言っちゃったよ……美しい人。


「はい、はい。ごめんね」


『キーっ! ま、まぁよい。ちょっとはリラックスしたようであるな』


「え……」


『お前、ミカエルを倒そうと身構え過ぎであるぞ。気合を入れすぎである。あの小娘そっくりである。心の臓が熱くて、友情に厚くて、暑苦しくて。勢いに任せて何でもなんとかしようとして』


「それは、確かに……」


 図星だった。


『あの小娘と闘っているときはそれでもいい。しかし、わらわと闘うなら、それは違うと知るのだ。わらわは≪月≫。静謐さの泉に狂気を沈めて闘う一匹の狼よ。わらわといる間は冷静であれ。そしてお前が力を求めるその時になったら、お前の熱さのすべてを狂気として解き放ってやろう』


「冷静……できるかな僕」


『できるか、ではなくするのである。わらわを使ってミカエルを倒し、仲間の無念を晴らすのだ。であれば今は、静かであれ。わらわは、あの≪太陽≫の娘とは違う。しかして、≪契約者≫たるお前を助けようという想いだけは同じなのだから』


「ありがとう、ございます」


『うむ。少しは冷静になったようでなにより。では行きなさい、片見新士。お前は強い。鏡恭子と闘いながら見たお前を、わらわはよく覚えているぞ。あの時は、よくぞあの子を救ってくれた』


 そして最後に、美しい人は微笑んだ。


『アマテラスの分までがんばれよ、ヒーロー』




 そして僕は、真っ白な空間を抜け出した。


「≪契約者アルカニック・ナイトザ・ムーン≫!」


 純白の胴着の上から、白銀の甲冑を纏った姿。兜には三日月の飾りが光る。

 恭子さんがかつての仲間に託されたアルカナ。それは今、僕に託された。


「ツッキー、行こう。≪月輪ウイング・コード≫」


 僕の背に、後光のように月の光が広がる。

 出せる限りの速度で、すでに辺りを火の海にしている≪塔≫へと向かう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る