第六十八話 天使、悪魔になって喜ぶ



「ツッキー、行こう。≪月輪ウイング・コード≫」


 僕の背に、後光のように月の光が広がる。

 出せる限りの速度で、すでに辺りを火の海にしている≪塔≫へと向かう。


 行く先の≪塔≫は紺色の重厚な城壁に囲まれた城。砲口から無数の砲弾と火焔を吐き出す要塞。


「あっぶな!」


 どうやら射程範囲に入ったらしい。僕めがけていくつもの砲弾が飛んでくる。


『注意するのだぞ。わらわ、≪月≫は≪太陽≫ほど丈夫ではない』

「わかった……!」


 しかし、回避する能力は≪太陽≫よりも高いみたいだ。≪月輪ウィング・コード≫での飛行は、≪鳳凰翼ウィング・コード≫よりも加減速が素直で、小回りが効く。


 と、そのとき。視界が一瞬で暗くなる。


「これは……影?」


 そう、飛行する僕のさらに上空に、何かがいる。


「上!」


 そこには、最速の≪契約者アルカニック・ナイト≫である≪悪魔≫がいた。


「進藤健一……!」


 しかし、返事はない。ミカエルが≪偽変身チェンジ・コード≫で変身した≪女教皇≫の能力、≪運命の掌握ドミネート・コード≫で操られているんだ。


「≪地獄鎚ハンマー・コード≫」


 ≪悪魔≫が大鎚を振りかぶる。


「≪月刀ブレイド・コード≫!」


 僕の手に、白銀に輝く日本刀が現れる。


 衝突。しかし、華奢な刀身は大鎚を相手に軋み、砕けてしまった。


「くっ……!」

『≪灼熱刀≫とは違うのだ! もっと丁寧に振りぬき、撫でるように切り裂け!』

「り、了解! もう一回……≪月刀ブレイド・コード≫!」


 今度はもっと、集中する。今僕と闘っているのは、アマちゃんではないんだ。寂しいけれど、冷静に。慣れないけれど、丁寧に。


 再度振り降ろされた≪地獄鎚≫。その表面だけに触れるように≪月刀≫を振りぬく。


「はぁ!」


 すると、巨大な漆黒の塊は真っ二つに裂けた。僕はそこからすかさず切り返す。≪悪魔≫の指輪が嵌る、左手に狙いを定めて。


 ≪悪魔≫の左手が宙を舞う。変身が解け、進藤憲一の姿が露になる。≪運命の掌握ドミネート・コード≫で操られた、虚ろな目。僕の知っている進藤憲一は、亡き妻のために執念を宿した強い目をしていたはずだ。


 虚ろな目の男は、翼を失って降下しながら口にした。


「変身。≪契約者アルカニック・ナイトデス≫」


「やっぱり≪死≫も持ってるか……!」


「≪死者の復活リバイバル・コード≫」


 何もない空中に、土くれが現れる。それは人の形になり声を発した。


『変身。≪契約者アルカニック・ナイト悪魔デヴィル≫』


 なんと、彼が≪死≫の能力で蘇生したのはかつての自分自身。僕が倒した進藤憲一だった。


『≪漆黒の天翼ウィング・コード≫』


 召喚された≪悪魔≫は、≪死≫本体を掴んでそのまま飛行した。


「≪死者の復活リバイバル・コード≫……!」

『へ、変身……。≪契約死者アルカニック・アンデッド節制テンパランス≫』

『変身……ですわ。≪契約死者アルカニック・アンデッドザ・スター≫!』

『変身……!!!≪契約死者アルカニック・アンデッドザ・ムーン≫!』


 ≪死≫は、さらに三体の土塊を召喚した。

 おっさんの変身する、天使。

 天竜院美沙都の変身する、騎士の鎧。

 そして恭子さんの変身する、今の僕と同じ甲冑。


『≪天使の両翼ウィング・コード≫』

『≪ぺガスス座の翼ウィング・コード≫』

『≪月輪ウィング・コード≫』


「そうか……! 全員≪羽付き≫……!」


 僕は、三体の土人形に空中で囲われた。流石に一対五では、敵わない……!


『あきらめてんじゃねーよなァ! 新士!』


 現れたのは――。


「ルシフェル!」


 漆黒の翼を広げた痩身の天使。相変わらずのダサいV系ファッション。


『ちょっと≪神々の玩具箱アルカーナム≫を散歩してたら、こいつを拾ってな』


 その手には、つい先ほど僕が切り落とした、≪悪魔≫の指輪が嵌った左腕があった。


『ミカエルの野郎にできて、俺にできねぇことなんかねーんだよ。……くっくっく』


 紫の長い前髪の隙間から、よくよく見慣れたニヒルな笑みが覗く。

 ≪悪魔≫の指輪を抜き取り、自分の左手に嵌めるルシフェル。


『変身! ≪契約者アルカニック・ナイト悪魔デヴィル≫!! ハハハハ!』


「うっわぁ……好きそうだな、≪悪魔≫」


『≪漆黒の天翼ウィング・コード≫ォ!』


 ≪悪魔≫のスーツを身に纏ったルシフェル。もともと生えていた漆黒の翼に加え、さらにスキルで一対の翼が生える。


『見せてやるよ、≪悪魔コイツ≫の使い方をよ!』


 そう叫ぶと、ルシフェルは両腕を広げる。


『≪悪鬼の剛腕アーム・コード!≫』


 すると、≪悪魔≫の脇腹からさらに二本の腕が生える。四翼四腕の≪悪魔≫は、さらに続ける。


『≪死の弾痕リボルバー・コード×2バイツー! ≪死の降雨ショットガン・コード×2バイツー!』


 それぞれの腕にリボルバーとショットガンが握られる。


 そして、それぞれの銃口が≪死≫と≪悪魔≫、≪節制≫、≪星≫、≪月≫を捉える。


『消えな』


 そして、ひたすらに連射。ルシフェルは、ほんの一瞬で敵の一団を倒してしまった。

 敵の残骸から落ちていく≪死≫の指輪を空中で拾い、ルシフェルはそれを右手に嵌めた。


『これで≪死≫も俺のものだ。ラッキーだな。くっく。乱戦になれば、こんな簡単に指輪を奪ったりできねーしな』


「……強いじゃん」


『見たか』


 ニィっと笑うその顔は、まるで少年のようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る