第六十話 召喚、召喚、召喚!
『「……≪
≪教皇≫や≪女帝≫、それに僕の知らないアルカナまで含めたいくつもの回復スキルを使い、ミカエルが起き上がる。
『「私が、神になるのだ。この世に最も多くの善を生むであろう神の誕生を妨げる、邪悪な人の子らよ……。気づくべきであった、あのルシフェルが召喚した≪正義≫と≪太陽≫。それが悪魔でないはずがないと。徹底するべきであった。悪を滅し善を貫くそのために……!」』
初めて深手を負ったミカエルの、烈火のごとき怒り。
傲慢にも思えるその怒りはしかし、自身を絶対の善と信じるからだろう。
だからこそ、その善の化身を傷つけた僕たちが許せない。僕には彼がそう見えた。
それは、僕が大切な人たちを傷つけられて感じた、炎のような痛みにほんの少しだけ似ている。
違うのは、何に痛みを覚えるか。
たったその、ひとつだけ。
それが違うから、負けられない。
僕は、恭子さんに託された≪月≫の指輪を右手にはめる。
「ミカエル!」
僕は、≪灼熱刀≫を拾い上げ、構える。
『「人間、もはや手は抜かんぞ」』
ミカエルは、アリスの声で叫ぶ。
『「≪
≪世界≫の全身を青い炎が包む。
どこからかラッパが高らかに鳴り響く。音色の数がどんどん増してゆき、壮大な金管楽隊のファンファーレを成す。
蒼炎の中から現れたのは、純白のプレートに青い装飾が施された鎧。
炎でできた馬のようなたてがみに、たなびく青いマント。
騎士の姿をしたその≪アルカナ≫は、≪審判≫。
僕が初めて≪
『「お前がこの≪アルカナ≫と戦ったことは知っている。お前が倒した愚かな人間の契約者はこの≪アルカナ≫を、ただの火を噴く玩具として使っていたな。……だが、お前はこの≪審判≫の固有スキルを知らない! 」』
青い指輪を頭上に掲げて、ミカエルは唱える。
『「≪
ミカエルの後ろに、十を越える数の魔方陣が創り出される。
それぞれ異なる色と意匠の陣から現れたのは、九名の契約者だった者たち。
それはほとんどが知った顔ぶれ。
かつての≪魔術師≫の契約者、伊波切絵。
≪吊るされた男≫の契約者だった、大柄な男。
ピンク色の派手な髪は、≪恋人たち≫の契約だ。
≪悪魔≫、そして≪死≫と契約していた進藤憲一。
少しお腹の出た中年は、≪節制≫のおじさん。
長身の坊主頭、忘れもしない≪皇帝≫の少年。
≪隠者≫と契約していた、メガネの青年。
幼い少女は、≪戦車≫の契約者だ。
スーツを着たサラリーマンは、初めて倒した≪審判≫の男。
その姿は、以前≪死≫によって召喚された土人形のような造り物ではなく、間違いなく本物の、生きた人間だった。
そして、その誰もが驚いていたり、呆けた顔をしている。
「ここは……≪
スーツの男が大声をあげる。
「もしかして、もしかして! 敗者復活戦だったりする!? ラッキー!」
早くも順応し、両手をあげる前向きな幼女。
「いやいや……そんな楽観できるような状態には見えないよね」
メガネの青年は、慎重に周囲を見渡す。
「あれ、前よりちょっとゴージャスな感じっスけど 、≪太陽≫のお兄さんじゃないっスか?」
少年は、僕のことを覚えていたらしい。
彼の妹が、今現実世界でどうなっているのか聞きたい。
それが僕の責任に思えた。
「……≪太陽≫か。鑑恭子やアリス・ハリソンはどうした?」
腕を組み、この状況でも落ち着いている進藤憲一。
その問いに堂々と答えられないことが、悔しい。
「ダーリン! また会えるなんて! 現実世界でも必死に探してたのよ~っ!」
ピンク頭は、早速≪吊るされた男≫の契約者に抱きついている。
この人の願いは何だったんだろうか。
この状況でも再開を喜べるとは……。
恋とか愛とは、そういうものなのかもしれない。
「よせ! くっつくんじゃねぇ!……だがまぁ、数日しか経ってねぇにしては、ちっと懐かしいな。おう、切絵もいるじゃねぇか」
つい昨夜敗退したばかりの大柄な男も、比較的落ち着いているように見える。
「アンタら呑気ねぇ。気づかない? アタシたち、指輪がカラっぽなのよ」
切絵のその言葉に、全員が左手を確認する。
「ほ、本当だ……」
「えー! あたしの≪戦車≫ないの!?」
『「当然だ。貴様たちは、新たな≪契約者≫として≪審判≫の≪
「誰? お前」
「そのスーツ……! 俺の≪審判≫じゃないか!? おい! よこせ!」
そう言うと、サラリーマンは≪審判≫を纏うミカエルに駆け寄る。
『「ふん。愚図な無能は必要ない。≪
「ひ、ひい!」
男はミカエルに左手を切り飛ばされ、さらに胸をひと突きにされる。
『「≪
サラリーマンは、黒い粒子になって霧散した。
切り飛ばされた左手から、透明な指輪だけが残る。
ミカエルはそれを拾い上げると、進藤憲一に投げつける。
『「これは貴様が持っているがいい」』
「……どういうつもりだ」
『「≪
ミカエルが、僕の見たことのない≪アルカナ≫を纏った姿へと変身する。
そのスーツは、獅子の
≪
『「貴様たちには今から、もう一度契約をしてもらう」』
≪力≫を纏ったミカエルは、指輪を掲げる。
『「≪
この瞬間、周りの廃墟から様々な音が聞こえる。
獣の鳴き声、重々しい足音、重機のような音。
現れたのは、廃墟のビルと同じくらい巨大で、淡く発光するものたち。
杖と剣、それにカップとコインを四つ又に別れた尾で握るえんじ色の猿。
緑色の鎧を纏った、眉に飾りのある巨大なペンギン。
身を寄せ合って歩く、マゼンタ・ピンクの男鹿とシアン・ブルーの雌鹿。
橙色で主砲がふたつある、ド派手な戦車。
ゆっくりと歩む、分厚い甲羅に覆われた土色の亀。
見覚えのある、紫の障気を放つ恐竜の骨。
この状況下で、ふとすれば見落としてしまいそうな小さな灰色のネズミ。
山羊の頭、コウモリの翼、牛のように筋骨隆々の黒い化け物。
それらの淡い発光と、非現実的な存在に僕は心当たりがあった。
「これ……全部、≪アルカナ≫?」
『「いかにも。そして、全ては私の支配下にある。≪
ミカエルの使ったそのスキルによって、集まってきた≪アルカナ≫たちに、きつく首輪が巻かれる。
その瞬間、動物型の≪アルカナ≫たちは皆、≪力≫のミカエルに跪き、頭を垂れた。
唯一無機物に見える≪戦車≫ですら、主砲を目一杯下げている。
ミカエルはそれらの中を縫うように歩き、茫然と眺めていた契約者たちに告げる。
『「さぁ、蘇った≪契約者≫たちよ。自らの≪アルカナ≫と結びなおすのだ! ≪契約≫を!」』
「……どうするよ?」
「まー考えても仕方ないし? アタシはやるわよ。あの偉そうなヤツに企みがあったとして、変身しないことには邪魔もできないしね~」
「アラ、珍しく切絵と気が合うわね。やっちゃいましょうよ、ダーリン♡」
「もう一度、妹を助けるチャンスがあるのなら……!」
「……ふん」
「ほんとに敗者復活じゃない! ラッキーラッキー!!」
契約者たちが、次々に左手を≪アルカナ≫に伸ばす。
触れた者から順に、指輪のデザインが変わっていく。
≪魔術師≫、≪皇帝≫、≪恋人たち≫、≪戦車≫、≪吊るされた男≫、≪節制≫。
進藤憲一だけは、ミカエルから受け取った指輪を右手にはめ、恐竜と化け物の両方に手を伸ばす。そして、≪死≫と≪悪魔≫の指輪を手にした。
皆、かつて契約していた力を取り戻したのだ。
「ちょ、ちょっと待った! 」
メガネの青年だけが、ミカエルを指差して文句を言う。
「ボクの≪隠者≫の
『「……すまん。忘れてた」』
「……は?」
『「いや、今夜のゲームのルーキーが≪隠者≫と契約して、すでに≪塔≫に破れたのだ。≪アルカナ≫の再召喚は脱落から一夜後……。全ての≪アルカナ≫を操る≪
「ええ……」
なんか、可哀想なメガネだった。
しかし、これによって。
二人にまで減っていたプレイヤーの数が、再び十名に逆戻りした。
勝ち残って神になろうとするミカエルにとっても、この状況は望ましくないはず。
やつの狙いは、なんだ……?
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