第五十九話 執念


 ≪三体恒星インフィニティ・コード≫の≪太陽≫。

 ≪正義の天剣インフィニティ・コード≫の≪正義≫。

 僕と恭子さんは並び立ち、≪偽変身チェンジ・コード≫の≪世界≫と対峙する。


 声を揃え、僕たちはもう一度刀剣を呼び出す。


「≪灼熱刀ブレイド・コード≫」

「≪裁きの天秤ソード・コード≫」


 それらは、≪世界≫の手にあるものとは異なる輝きを放つ。


 限界を超えた願いが宿るこの力ならば、≪愚者≫とも≪世界≫とだって闘える。


『「どんなに大きな力を得ようとも、貴様らごとき私の相手ではない! ≪世界樹の枝ブランチ・コード≫!!」』


 相変わらず尊大な物言いのミカエル。

 しかし、その声にはかすかに焦りと不安が感じられた。


 僕たちへ、大樹の枝が殺到する。


「≪鳳凰翼ウィング・コード≫!」


 ≪太陽≫の燃え盛るマントが華開くように展開し、六対の翼に変化する。


「恭子さん」


 僕は浮き上がり、恭子さんに手を伸ばす。

 翼のない≪正義≫。

 ならば、僕が連れていく。


「ああ!」


 その手が、しっかりと握り返される。


「いきますよ!」


 そして、飛翔する。


 無数に迫りくる大樹を、避ける、避ける。

 触れそうになるほど近づいたものは≪鳳凰翼≫に触れるなり燃え尽きる。

 ≪正義≫もまた、≪正義の天剣インフィニティ・コード≫によって纏った全身の刃で、それらを切り払っている。


『「くっ!」』


 そしていよいよ、空中に浮遊する≪世界ミカエル≫へと到達する。


「新士君! 私を投げろ!」

「はい!」


 恭子さんならば、大丈夫。

 僕は迷いなく、絶対両断の彼女を投擲する。


『「愚かな! 」』


 ミカエルは両手にもった≪灼熱刀≫と≪裁きの天秤≫を、≪正義≫へ向けて振り下ろす。


 対する恭子さんは、ただ一本の≪裁きの天秤ソード・コード≫を構える。


 どんな戦いもその剣のみを頼りにしてきたその一閃を前に、二本のまがい物はへし折れた。


『「馬鹿な!」』


 恭子さんはミカエルとすれ違い、重力に任せて落下していく。


「あとは頼んだぞ! 新士君!」


 僕は、≪灼熱刀ブレイド・コード≫で下段から、斬り上げる!


『「くっ……!≪偽変身チェンジ・コード≫! ≪契約者アルカニック・ナイト皇帝エンペラー≫!」』


 ミカエルが次に変身したのは、最硬の≪アルカナ≫、≪皇帝≫。


『「≪王の盾シールド・コード≫!!」』


 ≪皇帝≫の大きな四肢すら覆い隠すほどの巨大な盾が現れる。


 しかし、そんなものでは≪灼熱刀≫を止めることはできない。


「はぁぁぁあ!」


 最硬というだけあって確かな手応えはあるが、刀身はみるみるうちに盾を両断する。


『「そ、そんな……!」』


 そして――。


 ≪皇帝≫もまた翼を持たない≪アルカナ≫。


 大地へ向けて落下するミカエル。


『「≪偽変身≫!≪悪魔デヴィル≫!」』


 今度は、最速の≪アルカナ≫か。


『「≪漆黒の天翼ウイング・コード≫!!」』


 僕は、どこから攻撃されてもいいよう、空中で身構える。


 しかし、ミカエルが目指したのは空中の僕ではなく、地上にいる恭子さんだった。


「なっ……!」


 不意を突かれた僕も、恭子さんも反応することができない。


『「私が負けることなど、あってはならないのだ!!」』


 ミカエルが恭子さんの背後をとる。


『「≪偽変身≫!≪世界ザ・ワールド≫! ≪異世界断裂剣ソード・コード≫……!」』


 ≪世界≫がその手に剣を握り、恭子さんを後ろから抱き込むようにして首に突きつける。


『「二人とも動くな! この≪異世界断裂剣ソード・コード≫は≪世界≫のもうひとつの特殊能力だ!」』


「不快だ。離れろ!」


 暴れようとする恭子さんにさらに密着し、≪異世界断裂しソード・コード≫の切っ先を、首に近づけながらミカエルは言う。


『「この剣で受けた傷は、。わかるな? この意味が」』


 現実世界への反映。


 それが意味することは明らか。


 あの剣で斬られれば、血が溢れ、痛み、そして死ぬ。


 駒にされることを嫌いながらも、この世界があくまでもゲームであることに大きな恩恵を受けていたこと。

 僕は、それを今ようやく思い出した。


 僕たちは願いを人質にされて苦しんでいたが、それでも命までは奪われないことにどこか安堵を覚えて戦っていた。


 この世界で霧散しても、死ぬことはないという楽観があった。


 そして今、それを否定する剣が存在する。


「……はったりだ。新士君! 私に構うな!」


『「死ぬぞ? 二人とも武器を棄てろ!」』


 ミカエルの言葉は、信用できない。

 ≪星≫たちを騙し、アリスを利用し、≪神々の玩具箱アルカーナム≫のルールを破った天使だ。


 けれど……!


「……恭子さんを、放せ!」


 僕は、手にしていた≪灼熱刀≫を手放した。


「新士君……!」


『「お前もだ、≪正義≫の契約者よ。所詮ヒトの子の≪正義≫。自らの命は惜しいだろう?」』


「……」


 恭子さんが、≪裁きの天秤ソード・コード≫を持つ手を挙げる。


 よかった、恭子さん。剣を手放してくれるつもりになったようだ。


 恭子さんの命を失うくらいなら、ここで願いが途絶えた方が――そう思った、その時。


「ふっ……!」


『「がはっ……!」』


 恭子さんは自らの胸ごと、背後にいるミカエルを突き刺した。


 ひどく軽い音をたてて、≪異世界断裂剣 ≫がミカエルの手から落ちる。


『「ば、馬鹿な……」』


「これで……私の命は失われず、お前も終わりだ……ふふ、どんな気分だ?」


 恭子さんの胸元からは大量の黒い粒子が流れ出している。

 そして、≪正義≫の変身が解かれ、≪裁きの天秤≫が消え、指輪が砕ける。


「恭子さん……!」


 崩れ落ちるように倒れる恭子さんを、僕は支える。


「叶わなかった願いがまたひとつ、失われるだけさ。死ぬわけでもない。アリスには悪いことをしたと思うが、まぁ、彼女ならゆるしてくれるだろう」


 それに、と恭子さんは続ける。


「これで叶うのは君の願いだ。私は、それが嬉しいよ」


「恭子さん……」


「最期にひとつ、頼まれてくれるか?」


 当たり前だ。

 恭子さんのためなら、ひとつじゃなくて百でも千でも、僕は言うことを聞くだろう。


 恭子さんの言葉に、耳を傾ける。


「≪アルカナ≫の願いは、勝利したものの手にあれば叶うらしい。私の昔の仲間の相棒を、一緒に連れて勝ち残ってやってくれないか……」


 そう言って差し出されたのは、≪月≫の指輪。


「できれば≪正義≫も託してやりたかったが、この通り、砕けてしまった……」


 残念そうに言うその声が、震えていた。


「確かに、受けとりました」


「あとは君が願いを叶えるだけだ、新士君。私の、私たちの希望ヒーロー……!」


 恭子さんの手に触れ、指環を受け取ったその瞬間。


 恭子さんの全身が黒い粒子へと変わった。




 そして、背後で沈黙していたミカエルが呟く。


『「……≪回復の光ヒール・コード≫……≪自己修復ヒール・コード≫……≪治癒の十字架ヒール・コード≫……≪愛の庇護ヒール・コード≫!!!」』


 ゆらりと、起き上がる。


『「私が、神になるのだ」』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る