第五十四話 天罰

 3筋の光の柱が、≪星≫、≪教皇≫、≪女教皇≫の胸を一直線に貫いた。


『残念だが、貴様たちの願いは叶わんぞ。罪深き裏切者どもめ』


 光と共に天から降り立ったのは、天使ミカエル。


 神になろうと画策する、傲慢な天使だった。


「ああっ……!」


 胸を押さえ、うずくまる≪星≫たち。

 両手で押さえられている傷口から、黒い粒子が止めどなく溢れる。


「どうして、こんなことを!?」


 僕は、ミカエルへ叫んだ。


『どうして、だと? その女どもは私の駒として召喚されたにも関わらず≪太陽≫、お前たちと協力関係に堕ちた。当然の報いだ』


 駒?

 この天使は今、たったそれだけの言葉で≪星≫たちを表現したのか?


「彼女たちはお前の駒なんかじゃない。自分で願いを追いかけて、そしてこのゲームに参加したんだ」


『利用価値があったから、この私が召喚したのだ。そこにこの者達の意思などは無関係。全ては私が神になるための布石に過ぎん』


 ミカエルは苦しむ≪星≫たちを蔑むように見ながら、ため息をついた。


『私は、全てのプレイヤーを倒し、ゲームの勝者となれと告げた。特に、ルシフェルの手の者は徹底的に潰せとな。それなのに、わざわざ処刑対象の仲間入りをするとは……愚かな』


 この天使の考えていることは、自分が神になることだけだ。

 全てが自分の思い通りになることが最重要で、それを阻害するものは全てが罰せられて当然と考えている。

 

「お前は、彼女たちの願いを何もわかってない」


『神が人を理解する必要などない。それに、一応言っておくが……私が手を下さずともその3人の願いは叶わん。矛盾する願いは、決して叶わないからな』


「どういう……ことだ」


『この≪神々の玩具箱アルカーナム≫で敗れたものの願いは永遠に叶わない。このルールは覚えているな? そして、そこの≪教皇≫も≪女教皇≫も願いは同じく、≪星≫の治癒。しかし、勝ち残るのはひとりだけ』


 ミカエルは笑いをこらえるように口元を歪めて言った。


『つまり、どちらかが願いを叶えるには、それと全く同じ願いを殺さなければならないのだよ。わかるか? ≪星≫は、目覚めと眠りの狭間に囚われ、ついには永久に目覚めない』


 それを、この天使は知っていて3人を呼び出したのか……?


『それだけではない。≪星≫の願いは≪教皇≫と≪女教皇≫の幸せだが、滑稽なことにそれにもまた≪星≫の目覚めが必要だ。だから、≪星≫の願いもまた、永久に叶わんのだ』


 目元を覆って、ミカエルが高笑いをする。


『はじめから、この者どもに救いなどないのだよ!!』


「美沙都様……」

「みさと、さま」

「貴女たち」


 地面に這いつくばりながらも、手を取り合い、身を寄せる≪星≫たち。


 そして、次の瞬間。

 ≪星≫たちが。

 美沙都が、雅が、花が。

 黒い粒子になって霧散した。


 僕は、考えるよりもはやくミカエルへ向けて走り出していた。

 指輪を掲げる。


「変身! ≪契約者アルカニック・ナイト太陽ザ・サン≫!」


 全身が炎に、装甲に包まれる。


 憎しみを込めて、その刀を振り抜く。


「≪灼熱刀ブレイド・コード≫!!」


 ミカエルが、緩慢な動きで手を伸ばす。


 ≪灼熱刀≫が、その手に触れる。


 僕は、その刀身に全身全霊の熱を込める。


 しかし――。


『ぬるいな、玩具箱おもちゃばこの≪太陽≫よ』


 ミカエルの手に握られた≪灼熱刀≫が、砂糖細工のように崩れる。


「そん、な……」


『頭が高いぞ』


 ぴん、と。

 ミカエルが指をはじく。


 次の瞬間、僕はもといた恭子さん達のところまで突き飛ばされていた。


「が、はっ……!」

「新士くん!」


 かなえが助け起こしてくれる。

 あの一撃だけで、≪太陽≫の胸の装甲が砕け散っていた。


 恭子さんが、僕の前に立つ。

 何度も見た、頼もしいはずの背中。

 しかし、ミカエルの力を受けたこの身体ではその背中が、とても頼りなく見えた。


「変身! ≪契約者アルカニック・ナイト正義ジャスティス≫!」


『人間風情が≪正義≫とは、笑わせてくれる』


 ミカエルはそう言うと、右手を天に掲げる。

 廃墟上空の雲が発光する。


 あれは、≪星≫たちの胸をつらぬいたものと同じ光だ……!


「恭子、さん!」


 逃げて。


「≪裁きの天秤ソード・コード≫!」


 純白の剣を、≪正義≫が上段に構える。


『消えろ』


 天から一柱の光が、僕たちをめがけて滑走する。


「はああああ!」


 ≪裁きの天秤≫が光とぶつかる。


「ぐ、おおおおお!」


 無形物も、概念ですら絶対両断のはずの≪裁きの天秤≫が、押し返されていく。


 駄目だ。耐えきれない。



『待たせたな、悪かった』



 その声と共に、紫色の炎が光の柱にぶつかる。

 爆風をともなって、ふたつの強大なエネルギーは相殺された。


 爆煙が晴れると、そこにいたのは。


 ヴィジュアル系バンドのような服装。

 今にも折れそうなほどの痩身。

 紫色の長い前髪。


「ルシフェル」


『よう、クソガキ』


 そこには、見慣れたムカつく天使がいた。

 僕の、天使だ。


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