第五十五話 愚者

 ミカエルの攻撃に絶体絶命だった僕たちに、救いの手を差し伸べた者――。


『よう、クソガキ』


 そこには、見慣れたムカつく顔の天使がいた。

 僕の、天使だ。


「ルシフェル」


 降り立ったルシフェルが周りを一瞥いちべつする。


『≪星≫の契約者どもはどうした?』


「ミカエルが、3人とも……」


『クソだな……。おいミカエル! いくらなんでもゲームへの干渉が過ぎるんじゃねえか?』


『邪魔をするな、ルシフェル。わからんか? この≪神々の玩具箱アルカーナム≫は常に神々の興味対象であるにも関わらず、私は罰せられていない』


 そう言うと、ミカエルは純白の翼を広げる。


『神が認めているのだ! この私が次なる神になることを!』


『クソが。んなわけねえだろ! ……だが、クソ神どもが黙認してんのも事実だな』


 ルシフェルが、忌々しそうに顔を歪めて舌打ちをする。


「どうしてこんな状態を見過ごすんだよ! おかしいだろ、ルシフェル!」


『いいか、クソガキ。お前ら契約者と神の創造物である≪アルカナ≫にとってはこのゲーム、叶わぬ願いを叶えるチャンスだろう。そして、俺ら天使にとっては次の神を決めるためのゲームだ。じゃあ、神どもにとってこの≪神々の玩具箱アルカーナム≫は何だと思う?』


 ルシフェルが、僕の目を覗き込む。


 このゲームを開いた神の、目的。


『それはな、だ。ここは文字通り、神々やつらにとっての≪神々の玩具箱おもちゃばこ≫に過ぎないんだよ』


 馬鹿な。

 そんなことのために、沢山の人の願いを叶わなくしたのか?

 そんなことのために、願いを目の前にぶら下げて僕たちを闘わせたのか?


『そんな神々のことだ、クソミカエルの干渉を面白がっていやがるに違いない。アイツが神に認められているわけでもないが、ゲームマスターからの仲裁にも期待はできないってところだな』


『貴様に神の采配を理解できるはずもあるまい。そろそろ戯れ言ざれごとに付き合うのも飽きた。契約者もろとも消えるがいい!ルシフェル!』


 ミカエルが右手を天に掲げる。

 上空から、三度みたび光の柱が降り注ぐ。今度は、十柱以上が同時に現れた。


『させるかよ』


 ルシフェルもまた、右手を構え、握るような動作をとる。

 すると、光の柱は紫のの炎に包まれて崩壊する。


『まだだ!』


 次にミカエルは、大剣ほどの大きさの光の柱を生み出し、それを握りしめた。

 翼を羽ばたかせ、こちらへと接近する。 


『こっちにだってがあるんだ。俺の契約者が勝ち残る邪魔はさせねーよ』


 ルシフェルは右手を紫色の炎で包むと、その剣を受け止めた。


『くっ……。小癪こしゃくな! 貴様なんぞが神になってどうするというのだ!』


『さあな? お前に嫌がらせしたいだけかもしれないぜ? ……くっくっく』


 ルシフェルが空いている左手から炎を放つ。

 ミカエルは後方へ飛行してそれを躱した。


『態度だけでかくて、ケンカが弱いのはむかしから変わらねーな。得意の策略はもう終わりか? 大体お前、自分の手になる3人を消しちまって、どうやって勝ち残るつもりだったんだ?』


 ミカエルの赤い頭髪が、怒りに逆立つ。


『私の策が、私の望みが破れることなど、絶対にない! 忘れるなよ? 私にはまだアリスがいるということを!』


 確かに、アリスもまたミカエルが召喚した契約者の一人だ。


 だが、当のアリスによってミカエルの宣言は否定された。


「残念ね、ミカエル。悪いけれど、私はもう自分の願いに興味なんてないのよ。だいたい、私のことまで襲わせておいて、今さら協力できると思うなんて。楽観が過ぎないかしら?」


『貴様の意思など関係ない! 全ては私の、新たなる神の思いのままになる!』


 そう言うと、ミカエルは天空から落ちてくる光の柱に自ら打たれた。


 全身が光る粒子になって飛び散るミカエル。


 そして。


 その粒子が、一直線にアリスへと向かう。


「な、なによこれ!?」


『ミカエル! なにをしやがった!?』


 粒子はみるみるうちにアリスを取り囲み、そして


『「この女は、私が憑依するために召喚したのだ! 魂の波長が合う希少な存在でな。そうでなければ、盲目で歩くこともかなわず、特別強い願いも持たないこの女を、私がわざわざ召喚するわけがないだろう!」』


 憑依。


 つまり今、アリスの中にはミカエルが乗り移っている。


『「仮初めの≪女教皇≫はもういらん。この私が直々に、貴様たちを処分してやるのだ。感謝しろ」』


 そう言うと、アリスの姿をしたミカエルは左手を掲げる。


 一瞬、視界が揺らいだような錯覚を覚えると、白黒のデザインだった≪女教皇≫の指輪が変化している。


 それは、色とりどりの材質を継ぎ接ぎにしたようないびつな指輪だった。


『「変身! ≪契約者アルカニック・ナイト愚者ザ・フール≫!!」』


 変身したその姿は、異形。


 身体中に異なる意匠の衣服や、装飾や、装甲を纏った姿。


 中には見覚えのあるデザインが多く、≪星≫のような細身の鎧を持つ右足、≪皇帝≫の四肢のように巨大な左足、≪塔≫のように直線的なデザインの装甲がある右腕に、炎の意匠が施された左腕は、≪太陽≫のもので間違いなかった。


 他にも、≪女帝≫の蔦が絡み付いていたり、≪正義≫のマントを羽織っている。


 あらゆる≪アルカナ≫の意匠が詰め込まれたような姿だった。


『「この≪愚者ザ・フール≫は始まりにして頂点の≪ アルカナ≫。その能力は、だ」』


 そして≪愚者≫は続けて指輪を頭上に掲げる。


『「≪偽変身チェンジ・コード≫!」』


 すると、≪愚者≫の指輪が姿を変える。

 明るい緑色の、竜の鱗をもつリング。


『「変身!≪契約者アルカニック・ナイト世界ザ・ワールド≫!!」』


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る