第五十二話 一騎討ち

 ≪太陽ぼく≫は、≪炎熱剣≫を構える。

 ≪塔≫もまた、≪雷帝剣≫を構える。


 一騎討ちだ。


 ここで、僕たちの未来が決まる。


 ≪神々の玩具箱アルカーナム≫を自分の快楽を満たすための闘技場にしようとするこの男には、絶対に負けられない。


 僕のやるべきことは、今、明確だ。


 対峙し、互いに剣を構えていた≪太陽ぼく≫と≪塔≫は、どちらからともなく同時に踏み出した。


 ≪炎熱剣≫と≪雷帝剣≫が交差する。


 大きさは≪雷帝剣≫に劣る≪炎熱剣≫だが、纏った炎と重さで勝る。

 アマちゃんのくれた≪三体恒星インフィニティ・コード≫の力が、僕の背中を押してくれる。

 鍔迫り合いをするうち、徐々に≪炎熱剣≫が≪雷帝剣≫の刀身に斬り込んでゆく。


「いいぜいいぜェ! もっと俺を楽しませろォ!」


 危機が迫っているにも関わらず、≪塔≫はあくまでも戦闘を楽しんでいる。


「どうしてそんなに戦いたがる!? それになんの意味があるんだ!」

「意味? 知らねぇなァ! 願いに意味なんかいらねーだろォ!」


 そうかもしれない。

 僕の願いにも、確かに意味なんてなかった。

 ベッド上で、画面の中の仮面ドライバーを眺めていたあの頃には。

 ただ憧れ、憧れていることが気持ちいいから願っていたのかもしれない。


 だけど。


 この≪神々の玩具箱アルカーナム≫に来て。

 初めて本当に人を助けることができて。

 人と願いを奪い合って。

 

 僕が助けることのできる人がいて。

 僕に助けを求めてくれる人がいて。

 僕を助けてくれる人がいて。


 それでやっぱり、ヒーローになりたいと思った。

 ここへ来る前よりずっと、ヒーローになりたいと願った。

 今の僕の願いには、たくさんの意味がある。


「僕は、ヒーローになる!」

「いい願いじゃねぇか! 強そうだァ!」


 拍子抜けするなぁ。

 この男は、きっと本当にそれが全てなのだろう。


 その結果、僕たちと対立したというだけだ。

 きっと、いや、間違いなく、欠片の悪意も無いのだろう。


 この男は、どこへ行っても戦いなんだ。

 それがたまたま、戦いの果てに願いが奪われたり失われたりする、この世界に召喚されただけなのだ。


 この男と僕の願いが同時に叶うことは、絶対にない。

 この≪神々の玩具箱アルカーナム≫に召喚されてしまったから。

 どちらかひとりの願いしか叶わず、この男は戦い以外の答えを持たない。

 僕もこの男も、こんな場所で出会わなければ、肩を並べて共に何者かと闘うことがあったかもしれない。

 恨むなら、こんなゲームを生み出した神や天使を恨むしかない。


 であれば、僕も手を抜かずに相手をする。

 この男を満足させて、そして僕が勝つ。

 それが、この男に対する誠意だ。


 ≪太陽ぼく≫は≪炎熱剣≫を振るう。

 そのたびに≪塔≫の大剣は融解し、全身が焼け焦げる。


 ≪塔≫は≪雷帝剣≫を使い捨てにして振り回す。

 その大剣は呼び出すごとに重くなる。

 

 僕もこの男も、戦えば戦うほど、願いが増して強くなる。


 鋼鉄の砕け散る音。


 ≪炎熱剣≫と≪雷帝剣≫が、同時に砕ける。


 僕も、猪神岩司いがみ がんじも、すでに満身創痍だった。


「……はははは! 最高だァ! 俺はもう何のスキルも使えねぇ! あとはこの肉体だけだァ!」


 僕もまた、ほとんどの力が残っていなかった。

 ≪炎熱剣≫はもう呼べない。

 もちろん、≪陽光砲≫も≪灼熱刀≫も≪鳳凰翼≫も、使うにはエネルギーが足りなかった。

 ただ、僕が一番はじめにアマちゃんから教わったあの技だけは、ギリギリだが使うことができそうだ。


「……アマちゃん、懐かしいね」

『……』


 二度目の≪三体恒星インフィニティ・コード≫の代償で、声も失ったアマちゃん。

 僕の問いかけに、答えを得ることはできなかった。

 でも、確かに今も近くにいることを感じる。

 声と感情を取り戻したらきっと、高めのテンションで『アレか!? アレをやるのかの!?』とでも言ってくれるだろう。


 僕の前にいるのは、≪神々の玩具箱アルカーナム≫で最強の男。

 やつは体術に秀でた男で、僕たちはもうお互いに武器を持たない。

 ≪三体恒星インフィニティ・コード≫で得た力も、≪野生解放パージ・コード≫と戦いの中で増幅するやつの願いで、もう互角と言える。

 これだけボロボロになっても、まだあの男は楽しもうとしている。

 強敵だ。


 ピンチだ。


 でも、僕の後ろには恭子さんが、かなえが、アリスがいる。

 ≪星≫や≪教皇≫や≪女教皇≫もいる。

 守りたい人たちを、僕は背負って戦っている。

 僕は、ヒーローになりたい。


 ヒーローがピンチをくつがえして、強敵ライバルを倒す技に、僕は覚えがある。


『攻めるのじゃ。勝てるぞよ。お主の思うようにやってみるのじゃ』


 心のなかに声が声が響く。アマちゃんだ。


 きっと、幻聴だ。

 だけど、大切な想い出だ。

 

 君もきっと覚えてるよね、アマちゃん。

 僕、今度はひとりでやってみせるよ。


 深呼吸をする。

 そして、最後の力をふり絞る。


「≪韋駄天脚アクセル・コード≫!!」


 その瞬間、指輪がまばゆく耀く。

 まるで小さな太陽があるかのように。

 いや、太陽よりもずっと大きな恒星であるかのように!


 指輪から溢れた光が、僕の脚に収束してゆく。

 両脚が、爆炎に包まれる!


「来いよォ! 片見新士かたみ しんじ!」


 ≪塔≫の男もまた、闘志をみなぎらせている。


 イメージする。

 加速して、三歩で跳ぶ。

 空中で一回転。

 脚を突きだし、やつの胸を打つ。


「行くぞ! 猪神岩司いがみ がんじ!」


 まずは助走。

 一歩踏み出すだけで僕は、流星よりも加速する。

 それを二歩、三歩と重ねる。

 一、二の、三!跳ぶ!


 そして、空中で一回転。

 はじめて≪神々の玩具箱アルカーナム≫に来た夜は、失敗した。

 はじめて変身したときは、アマちゃんが手助けしてくれた。

 今夜は、完璧に決めた。


 そして今、完全にの姿勢をとった。


「いっけえええええええええ!!!」


 このキックは、あの夜の百倍重い。

 脚が吹く陽炎で、≪太陽ぼくたち≫は加速する。

 

「せりァあああああああああ!!!」


 ≪塔≫は、迎え撃つように地上からハイキックを繰り出す。

 

 僕の脚が、≪塔≫の胸に届くとき。

 ≪塔≫の脚が、僕の頭をとらえる。


 ハイキックは、≪太陽≫のスーツの仮面を砕いた。

 それでも、僕のドライバーキックは止まらない。


 僕たちは今、まさにひとつの太陽だった。

 

 ≪塔≫の胸を、太陽が貫いた。


 凄まじい衝撃と、爆炎。


 大地が吹き飛び、爆風が≪神々の玩具箱アルカーナム≫の隅々まで波及する。


 振り返ると、≪塔≫の胸には大穴が空いていた。


「……最高だ」


 そして、男の全身が粒子になって霧散した。


 勝ったのか。

 僕は。


「これで、やっと……」


 変身が解ける。

 意識が遠のく。


 こういうところは、成長してないなぁ。

  

 意識を失う直前。

 ≪教皇≫たちを治療したかなえや、アリスに肩を貸されている恭子さんが駆け寄ってくる姿が見えた。


 僕は、勝ったんだ。

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