第四十話 与えられた称号

「≪野生解放パージ・コード≫ォ!」


 今まさに一刀両断のとき。

 ≪塔≫が高らかに叫ぶ。


 僕にできることは、この無双の≪炎熱剣≫を振り下ろすだけ。

 全力で、叩きつける……!


 爆炎。爆煙。爆風。

 

 しかし、手ごたえは――。


「見てな、赤いの」


 爆風のその先に、隻腕となり、装甲を歪ませ、赤熱した≪塔≫がいる。

 まだ、立っている。

 あの一撃を、かわされた。


 ボディと同じく紺色だったフルフェイスマスクのアイシールドが、赤く発光している。

 

 すると、≪塔≫は自らの装甲を、残された左腕で掴む。


 硬いものが軋む音。

 何かが千切れる音。


 ≪塔≫は、自らの手で装甲を引き剥がしはじめたのだ。


 赤熱した装甲も、熱で歪んだ装甲も、そして無傷の装甲も。

 僕の目の前ですべてを剥いでしまった。


 そうか、

 ≪吊るされた男≫が使ったのと同じく、装甲を捨て、機動力を上げるスキル。

 だがそれは、こんなにも禍々しいものだっただろうか。


 城壁のような装甲を、全て捨て去った≪塔≫。

 露わになった肉体は、筋肉質で、力強いシルエットだった。

 隻腕を地に突き、三足歩行の姿勢をとる。


「行くぜえええええええええええ!」


 獣のような咆哮。

 三足で駆けてくる濃紺の影。


「くっ……!」


 僕は≪炎熱剣≫を振る。


「はッはァ!」


 勢い任せの大きな跳躍。

 だが、完全に回避された。


「≪韋駄天脚アクセル・コード≫……!」


 ≪塔≫の回避した先へと跳ぶ。

 剣を振り降ろす……!


「オラァ!」


 ≪塔≫はそれよりも速く、剣を握る僕の腕を掴む。

 力が、増している……!?


 けれどそれでも、≪三体恒星インフィニティ・コード≫の力を得ている僕の方が上だ。

 そのまま力で、し斬ろうとする。


「いいぜいいぜぇ、なァ!」


 が、その前に≪塔≫は僕の腹に蹴りを繰り出す。

 腹部に、この姿になって初めての痛みを感じた。


 その衝撃でわずかに後退する。


「……!」


 と、その時。

 この夜のゲームを終わらせる鐘が鳴る。


「あぁん? もう終わりかよ。まぁいい。また明日、お前と戦いに来るぜ、赤いの」


  また明日、だと?

 そんなこと、認められるわけないだろ。


 アマちゃんの感情を犠牲にしてまで得たこの力を、無駄になんて、できない。


 僕は、≪炎熱剣≫を刺突の姿勢で構えて、≪塔≫に突撃する。


「慌てんなよ、赤いのォ!」


 ≪塔≫は大地に張り付くように伏せ、それを躱した。


 光る粒子に包まれていく中、≪塔≫が言う。


「お前はこのゲームでで間違いねぇ。楽しかったぜ」


 視界が真っ白に染め上げられていく。

 ひどく楽しそうな≪塔≫の笑い声が、耳障りだ。

 

 僕は、アマちゃんの心を犠牲にしてまで、勝つことができなかった。




 自室のベッドの上で、目が覚める。

 暗く、静かな、一人きりの部屋。


 僕はまぶたを、きつく閉じる。


 あれだけの代償を払ってまで、倒し切れなかった。

 あの男。

 ≪塔≫の契約者、猪神岩司いがみ がんじ


 僕は、なんのために闘っていたんだ。

 あいつを倒すことができなければ、力になんてなんの意味もない。

 最強の男、だと?

 そんな称号に、価値なんて一つもないんだ。


 明日、残された最後の≪三体恒星インフィニティ・コード≫であの男を倒す。絶対に。

 アマちゃんの犠牲の上に生き残っている僕にとっては、もう、それがすべてなんだ。


 と、その時だった。

 スマートフォンの画面から、光がこぼれる。

 静けさだけだった部屋に、着信音が響く。


「かなえ……?」


 電話の相手は、かなえだった。


『もしもし。えっと、新士くん?』

「……うん。どうしたの?」

『あのね、大したことじゃなくてね』


 かなえは、ゆっくりとした声で話す。


『今日、助けてくれてありがとうって。それだけ、言いたかったの』

「……どうして、そんなことを?」

『ど、どうして? うーん、そう言われると、悩んじゃうかも』


 少しだけ困ったように苦笑しながら、かなえは答えた。


『今夜の新士くん、すごく強くて。あの恐い男の人とも闘えて。私、新士くんが遠くに行っちゃうって、思った。だから、不安になって、怖くなって、声が聞きたくなっちゃったの』


「僕は、どこへも行かないよ」


 行けない、のだ。

 ずっと未来の、自分の最高の力を手に入れても、≪塔≫の男に敵わない。

 こんな僕が、どこへ行けるというのだろう。何になれるというのだろう。


『うん、うん。でもね、どこにも行かないでなんて、言えないよ。新士くんはね、きっと今、憧れているものに向かって進んでいるの。そしたら、ずっと同じ所になんて、いられなくてあたり前だと思う』


「憧れている、もの……」


『だって新士くん、どんどん強くなって、私だけじゃなくて、恭子さんやアリスさんや、≪魔術師≫のオバさんや≪吊るされた男≫のオジさんまで助けて。……もう、もう私だけのヒーローだなんて言えないもの』


「かなえ……」


『新士くん、みんなのヒーローの、片見新士くん。あなたがどんなに遠くなっても、あなたに最初に助けてもらったときのこと、私は忘れられないよ。強がりながら、怖がりながら、かっこつけて助けてくれたあの時のこと』


 そう言うと、かなえの声が少しだけ遠くなった。

 通話がが切れる前に、僕はかなえに届くようにできるだけ大きな声で言った。


「僕は今、かなえに助けてもらってる……!」


『今日も助けてくれて、ありがとう。私の、私たちのヒーロー』


 そう言うと、かなえは通話を切った。




 かなえの、『助けてくれて、ありがとう』という言葉。

 その言葉で、思い出せたことがある。


 最強の男にもらった『最強の男』という称号なんて、いらないけれど。

 救うことのできた女の子に言われる『ヒーロー』が、こんなに嬉しい。


 僕は、左手の薬指で沈黙する指輪に呟く。


「アマちゃん。ありがとう」


 君は言っていた。

 感情を失ってなお、『力を使い、目的を果たせ』と。

 僕の目的は、敵を倒すことじゃない。


「僕は守れたよ。大切な人たちの、願いを」


 苦い思いは消えずとも、僕も仲間も、消えてはいない。

 明日の夜もあの場所へ行く。


 守りたい人たちを守る。

 救いたい人たちを救う。


 僕は、それができるヒーローになりたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る