第七章 代理闘争
第四十一話 警鐘
今日も僕は≪
白い粒子に包まれ、ベッドの上から廃墟へ飛ぶのもこなれたものだ。
「今日は建物の中か……」
妙に暗い場所に召喚された。
屋内、それも窓がほとんど無い部屋のようだ。
僕は、辺りを軽く見渡す。
どうせ今日もあの、いけ好かない天使の憎たらしい顔を見ることになるのだ。
『……よう。クソガキ』
「ルシフェル……?」
部屋の暗い隅から、ルシフェルの声がした。
細身のシルエット。紫の前髪。間違いない。
だが、よく見ると――。
「お、おい……!」
ルシフェルの全身は傷だらけで、黒い粒子を流していた。
ふらつくルシフェルに、僕は肩を貸すように支える。
薄くて、軽い身体だ。
細いのは知っていたが、なんだか今は見た目以上に頼りない身体に感じた。
『……やめろ。くっつくな。キモい』
「いや、んなこと言ったって……。どうしたんだよ、その怪我」
天使も怪我をするのか?
天使に怪我をさせる者とは誰か?
状況が、わからない。
『規則を破った、クソ天使にやられた……ほんとクソだ! クソ!』
「言葉汚いよ……」
『うるせぇー……あー痛ぇ……』
「とりあえず、座れよ」
僕はルシフェルを部屋の隅にあったベンチへと座らせた。
『おい、クソガキ』
「なに、厨二病?」
まぁ、この減らず口が健在なうちは、大丈夫かもしれない。
『2度目の召喚の時だったか。お前は俺に、もっとルールを説明しろと言ったよな。覚えてるか?』
「覚えてるよ。ていうか、今でも思ってるし」
ゲームの参加上限が22人であることや、一日ひとずつプレイヤーが増えること。
触れ合っている者は近くからゲームを開始できること。
指輪をふたつ持てること。
どれもすごく重要そうなことなのに、この紫前髪野郎は説明してくれなかった。
かなえが金髪でバラをくわえた天使から聞いた話を教えてもらったり、闘っていく中で自力で知ったことだ。
正直、なんで教えてくれなかったのかと叱りたい。
『じゃあ、喜べ。今からお前に教えてやるからよ』
そう言うと、ルシフェルは紫色の前髪の隙間でニヒルに笑った。
『この≪
嫌な予感しかしない。
コイツがこういう態度のときは、ろくなことがない。
まず始めに、ルシフェルの話した事は三つだった。
ひとつ目は、僕たち契約者を≪
ふたつ目。新しい神の一柱になることができるのは、≪
みっつ目。≪
「天使って、どのくらいいるんだ?」
『天界には山ほどいる。だが、今のゲームに参加しているのは俺を含めて4人だ。俺、ガブリエル、ラファエル、クソミカエル』
なんとなくわかった。
ミカエルという天使の人がルシフェルと仲が悪いということが。
『ガブリエルは、最も楽観的に召喚を行っている。キザな金髪で薔薇をくわえた妙なやつだ』
かなえやおじさんを召喚した天使か。
『ラファエルは、真面目メガネだ。お前に、
≪皇帝≫や、≪悪魔≫の進藤憲一を召喚した天使で、間違いない。
僕にとっては苦い思い出ばかり生み出した相手にも思える。
しかし、彼らのような願いこそ叶えたいという気持ちはよく理解できた。
きっと、優しい天使なのだろう。
『……』
と、そこまで説明して黙り込むルシフェル。
「え? あと一人は?」
『クソ』
「いや、説明するって言ったじゃん……」
『チッ。ミカエル。一番ガチで神になろうとしている天使だ。自分がすでに神であるかのような尊大な態度がムカつくやつ。そして、天界で俺を攻撃して来やがった』
なるほど、それでこんなに傷だらけなのか。
「お前がなんか失礼なこと言ったんじゃなくて?」
『ふざけんな。お前の責任もあるんだぞ、クソガキ』
な、なぜ僕のせいに……。
『俺の召喚したどっかのクソ契約者が、今のところ勝ち残り候補筆頭だからな……。危険視したミカエルのやつが、俺を不戦敗にするべく攻撃してきたんだ』
「そんなのアリなの!?」
『ナシに決まってんだろ! これは、明確に規則に反している。……だが、それだけじゃない』
まだあるのか。
『あいつはここ最近、お前を倒すために反則ギリギリの召喚方法で3人の契約者を3日連続で契約者にしている』
「3人も……」
『お前はまだ会ったことのないやつらだ。だが、強い』
「なんでわかるんだよ? こっちにはかなえに恭子さんにアリスもいるし。僕の強さだって結構……」
『調子に乗んな、クソガキ。だいたいお前、昨夜のゲーム終了時にあいつらと手を繋いでねぇだろ』
「あ」
確かに、そうだ。
僕は、怒りに身を任せて≪塔≫へ挑み、かなえたちと手を繋げなかったのだ。
「で、でもアリスの≪女教皇≫で指示を受けて合流すれば……」
『その≪女教皇≫に変身している女、そいつを召喚したのはミカエルだ』
今まで、ルシフェルがアリスを毛嫌いしていた理由が分かった。
だけど――。
「アリスは仲間だよ。信頼できる。だいたい、恭子さんと一緒にいるアリスを見たらお前、そんなこと言えなくなるぞ。べった惚れだから。別にそのミカエルって天使がお前と仲悪いからって、アリスまでが悪者ってことにはならないだろ?」
『……クソ馬鹿だな。まぁ、今はその問題は後回しだ。仮にお前の言う通りその女が信頼できたとして、お前はひとりでミカエルの召喚した3人と闘うしかねえんだよ』
どういうことだ?
『ミカエルはすでにルール違反をなんとも思っていない。お前を倒せという明確な指示を自分の契約者に与えているんだ。そいつらはすでにこちらへ向かっている。3人のなかには羽つきの≪アルカナ≫もいるからな、≪正義≫や≪女帝≫よりも速く到達するぞ』
と、そこでルシフェルが上を向いて舌打ちをする。
『来やがったな』
「その、3人が」
『ああ。ミカエルの野郎も一緒だ。俺も出る。肩貸せ』
「さっきキモいって言ってただろ……」
全くもってひとに頼みごとができないこの厨二病患者を担いで、僕は廃墟を出た。
そこには、高校の制服を着た3人の女の子と、金色の翼を生やした赤い髪の男がいた。
『みすぼらしいな、ルシフェル』
不遜な態度。
高圧的な声。
おそらく、あれがミカエル。
ルシフェル以外の天使を、初めて見た。
『くっく……そんな小娘3人で、俺の契約者に勝てると思ってんのか? この、最強の男によ?』
何を勝手な事を言ってるんだこの紫前髪は……。
相手を挑発するつもりだろうが、ナチュラルに僕のことまで挑発している。
『弱い犬ほどよく吠える』
『クソが』
口撃では、とりあえずルシフェルが負けているようだった。
「それで、天使さま?
『そうだ』
「さすがの慧眼、お見事です美沙都様」
「さ、さすがです!」
天使に尋ねたのは、ブロンドヘアをハーフアップにした派手な女子高生。
それに、残りのふたりが強く同意する。一人は眼鏡をかけていて、髪が腰ほどまで長い。もう一人の少女は前髪の短いショートカット。このふたりは、ブロンドヘアの少女に比べてかなり地味なイメージだ。
あの3人。本当にルシフェルが警告するほどに強いのだろうか。
『おい、油断すんなよ。あの3人には、互いに願いを増幅するトリックがある。願いの強さがものを言うこの≪
僕は、≪皇帝≫や≪悪魔≫のことを思い出した。
「……わかった」
『なに、お前ならできるさ。あのメスガキどもを、ぶっ潰せ』
僕の隣でボロボロの天使が、自信満々のにやけ顔をかましていた。
『おい、クソミカエル。俺らは天界で続きをしねぇか? お前だってお
『ふん』
そう言うと、ふたりの天使は白い粒子に包まれる。
「ルシフェル!」
『んだよ』
「お前も、頑張れよ……!」
『うるせ』
粒子が弾け、ふたりの姿が消えた。
あの怪我で、大丈夫だろうか。
「はじめまして。≪太陽≫の契約者さん。
「私は
「わ、わたしは天竜院グループ
ブロンドの少女、髪の長い眼鏡の少女、そしてショートカットの少女の順で名乗った。
「
僕たちは、互いに左手を掲げた。
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