第二十四話 流局の可能性

 突然現れて、またもや僕を救ってくれた≪正義≫の契約者。そしてその同行者の≪女教皇≫の契約者。

 今回はついに現実世界で、だ。


 そのふたりに「話がしたい」と言われ、ぼくたち今しがた席をたったばかりのカフェに戻ってきていた。


「君が≪太陽≫で」


 黒髪の少女は澄んだアルトの声で言いながら、僕を左手のマドラーで指した。

 ちなみに、右手にはサンドイッチを持ち、それをほおばりながら話している。


「そして君が≪女帝≫だな」


 今度はかなえのことを指す。


「あなたは、≪正義≫の契約者……ですよね」

「如何にも。私が≪契約者アルカニック・ナイト正義ジャスティス≫だ」


 何故だろう、少し得意気なような気が……。


「君たちとは……いや、特に君とだな。君とは何度か会ったな」

「は、はい。 これまで何度も、ありがとうございます」


 僕はこれまでに少なくとも二度。

 ≪死≫の≪アルカナ≫に教われたときと、昨夜≪悪魔≫に襲われたときに助けられている。

 そして恐らく、僕が初めて≪神々の玩具箱アルカーナム≫に訪れた夜も。


 僕の前に現れる≪正義≫は強く逞しかった。

 颯爽と現れて、強敵を打倒する。

 まさに僕の憧れるそのものだった。


「私も毎回助けてるんですけど?」


 そう口を挟んだのは、車椅子に座った少女。瞳を閉じたまま、灰色の髪を指先でくるくると捩っている。


「えっと、≪女教皇≫の契約者の方ですよね……」

「そうよ! アリス・ハリソン、17歳、国籍イギリス、画家、美少女!」


 聞いてないことまでたくさん教えてくれた。


「あの、助けてくれてありがとうございました」

助けてくれて、ありがとうございました、でしょう?」

「いつもたすけてくれてありがとうございました」

「……心を込めた感謝の言葉も伝えられないの?」


 なんて高圧的なんだ。

 僕は、思ったことをそのまま口にするのをなんとか堪えた。


「それに!人に名乗らせておいて自分は名乗らないつもり?」

「……片見新士です」

「そっちも、名乗りなさい」

「…………かなえですー」


 なにやら、かなえもすごく不機嫌なようだ。

 

 隣に座るかなえが、テーブルの下で僕にスマートフォンの画面を見せてきた。


『はやく服屋さん行こうよ。つまんないつまんないつまんないつま(以下ループ)』

「さ、流石にこの人たちの話は聞こうよ……」


 僕は小声でそういうが、かなえはほっぺたを膨らまして外を見たまま、こちらを向いてくれなくなった。


「申し遅れてすまないな。私は恭子きょうこ鑑恭子かがみ きょうこだ。よろしく」

「よろしくお願いします」


 僕は、恭子さんの差し出した手を握った。


「なんか私のときと態度違くないかしら……?」

「それで、だな。私たちが君たちに会いに来たのは理由がある」


 理由。だがそれ以前に僕は気になることがあった。


「会いに来た……って、どうやって僕たちがここにいるって知ったんですか?」

「それは」

「それは、私の≪女教皇≫の能力よ! ≪女教皇≫は、一切の戦闘能力を持たない唯一の≪アルカナ≫なの。その代償として、ゲーム中の他の全てのプレイヤーの位置、能力、思考を読むわ。そして、記憶も」

「そんなことが……」

「できるの。まぁ、その時に考えていないような思考、いわゆる記憶まで読むにはかなり近づかないといけないけれどね」

「あっ……」

「そう、昨日のゲームの終わり際にあなたに触れた時、住んでいるエリアを読ませてもらったわ」

「まぁ、私が空腹を覚えたために二駅手前で降りたところ、蹴り飛ばされている君たちを見つけたのは偶然だがな」

「恭子ちゃんはお腹がすくとダメだものね。だからいいのよ」


 ええ……。

 恭子さん、空腹による途中下車とはなかなか斬新だな。

 そして、アリスが恭子さんに甘々なのは分かった。


「あの、それであなたたちの来た理由って、いったい何なんでしょう」

「うむ。そうだな。その前に、君たち二人に聞かなければいけないことがある。君たちの願いは、何だ?」

「……」

「……」


 僕とかなえは顔を見合わせる。


「黙ってたって、もう本当は知ってるのよ。あなたの最初の夜の時にはもうすでに、私が心を読んだから」


 アリスは髪を捩じりながら、気怠そうな声色で言った。


「君たちの口から改めて、直接聞きたいんだ。そうだな、では、フェアになるよう私とアリスの願いを教えよう」

「恭子ちゃんがそう言うなら別にいいわよ。私、自分の願いにもうそんなに興味ないしね」

「では、まず私の願いだが。シンプルなものでな。昔、ケンカをしてしまった友人たちとの関係を取り戻したいと願ったのだ。ふふ、小さなものだろう。だが、このゲームに参加した当時の私にとっては真剣極まりない願いだったのだよ」

「私は、視力を得ることよ」


 そう言うと、アリスは自分の腰かけた車椅子をガンガンと乱暴に叩いた。


「脚ははね、どうでもよかったの。私は絵をかければそれでいいから。目だって、見えなくてもすごく良い絵を描けるわ、私。そんな私だもの、見えたらもっと良い絵が描けると思っていたのね。でも……」

「でも?」

「ねぇ、≪神々の玩具箱アルカーナム≫で私が立ち上がっているところ、あなた見てるわよね?」

「はい。……あれ? どうして」

「あの玩具箱はね、私たちを戦わせるためにあるのよ。だから、あの世界にいる間だけは、闘うのに都合が悪いけがや病気は全て治るの。ちょうど、あの世界での怪我が次の日には治っているのと同じようにね。そして、脚が治ったのと同じように、視力も治ったわ。一時的にではあるけれど、私はあの世界で願いを叶えたことになるわね。そして……」


 アリスは、乾いた笑い声を伴って言った。


「目にした世界は、思ったほど美しくなかったわ。視力なんていらない、私は私の感じるままに描いた方がいいと気付いた。だから、恭子ちゃんのやることに協力することにしたの。やること自体には大して興味はないけどね。でも、恭子ちゃんの奔放なところが大好きだから、私、手伝うのよ」


 そういうことも、あるのか。

 ゲームに参加している最中に、願いが必要ないと気が付く。

 僕はどうだろうか。まだ、なりたいのだろうか。ヒーローに。


「僕の願いは、ヒーローに、なることです」


 少しの羞恥心はあったが、こんな話を聞かされては隠すつもりにもなれない。


「私は、あ、アイドルになりたいです」


 かなえも、耳まで赤くはなっているものの素直に話したようだ。


「ほら、私の読んだ心合ってたでしょう? 恭子ちゃん」

「うむ。ありがとう、アリス。それで、その私のやろうとしていることについてだが……」


 恭子さんが、ふたたび話を引き継ぐ。


「≪神々の玩具箱アルカーナム≫で行われているゲームを、停滞させる。誰の願いも叶わないが、これ以上あの世界で願いを奪われる者がいなくなる。その方法を私は知っている」


「な……!」


 できるのか、そんなことが。

 もしそれができるのなら、あの少年や、おじさんのような人をもう生み出さなくて良いかもしれない。


「それは、どうやったらできるんですか?!」

「簡単なことではないが、やることはシンプルだ」


 恭子さんは、こちらをまっすぐに見つめて言った。


「≪神々の玩具箱アルカーナム≫では、毎日一人ずつ新しいプレイヤーが増えている。しかし、無限に増え続けるわけではなく、上限は22人。≪アルカナ≫と同じ数までと決まっている。まぁ、大抵プレイヤー同士の戦いによって人数は減り、いつも生き残っているのは10人前後だがな」

「ちなみに昨夜の時点で、生き残っているのは14人よ」

「そして、願いが叶うのはたった一人。22人に一人ですらない。このゲームは、これまで敗れて行った全てのプレイヤーの願いが2度と叶わないという呪いを撒き散らしているのだ。それなのに、叶うのはたったひとつだ。随分アンバランスなゲームだと思わないか?」


 そうだ。

 僕がこのゲームに感じていた嫌悪感は、そこにある。

 人の願いを妨げなければ自分の願いが叶わない。


 本来、僕たちはまったく違う場所で出会うこともなく、それぞれに願いを追うことができたはずなのに。

 あの場所に送りこまれて、願いを奪い合うゲームを強いられている。


 本来、少年が妹の回復を祈ることと、おじさんの年収が一千万円に達してプライドを満たすことは邪魔し合う関係に無いはずだった。


 僕は、膝の上で拳を強く握った。


「能力が使えないこの現実世界でも、あなたの考えていることがわかるわ」

「私たちも同じなのだ。このことに疑問を持ち、このゲームを止めたいと考えた。まぁ、そう考えることができるのも、私たちの願いが過度に切迫したものではないからこそだがな」

「必死に願う人たちこそ、他人を殺してでも願いを成し遂げたいと願ってしまうわ。≪神々の玩具箱アルカーナム≫中の思考を読み続けた私が言うんだから間違いない」

「そこで、だ。私たちの考えていることは――」


 サンドイッチの最後の一欠けを口に放り込んで、恭子さんが言った。


「22人全員を、戦う意志のないプレイヤーで埋め尽くす。そのために今現在、そしてこれから先もゲームに参加する好戦的な、あるいは願いに忠実なプレイヤーを全て打倒する。最終的に誰も敗退せず、誰も新たに参加せず、そして勝利もしないという状態を作り出す。そうなれば、願いが叶わない者が≪神々の玩具箱≫によって生み出されることは2度となくなる」

「もちろん、リスクはあるわ。少なくとも、それまでにたくさんのプレイヤーを倒すことになる。これは私の体感だけれど、願いを放棄してもいいという思考に至るプレイヤーは、10人に1人ほどよ。つまり、目標を達成するまでに最低でも200人近くを倒す必要があるの」

「それだけではない。この22人は、今後毎晩あの空間に呼ばれはすれど戦わないのだ。その参加者たる私たち自身の願いも、叶うことはなく生殺しの状態が続くことになる」

「それでも、これがあの性格の悪い遊びに付き合わない唯一の方法よ」

「そして私は君たちに――その22人の一員となってくれる可能性を見出している」


 ごくり、と。

 恭子さんは咀嚼していたサンドイッチを飲み込んだ。

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