第十七話 願いの硬度

 僕の眼前に立ちはだかる≪皇帝≫の契約者。

 その装甲は重く、握りしめた≪王の鍵ソード・コード≫は巨大。


 しかし、やれる。


 僕は≪韋駄天脚アクセル・コード≫でやつを翻弄する様子をイメージする。

 あの重装甲、素早い動きはできないはずだ。

 さらに、後方の廃墟の上にはかなえが≪女帝≫に変身して待機している。挟み撃ちの陣形だ。


「行くぞ……!」

「いいっスよぉ!」


 僕は燃え盛る脚で爆発的な跳躍を行う。

 一息に≪皇帝≫の後ろへ回り込むため、二者の距離は一瞬、かなり接近する。


「おらぁー!」


 ≪皇帝≫は、バットをスイングするように大剣で横薙ぎを繰り出した。

 こちらの目的が背後をとることだと気づいている! 広範囲の攻撃を避けるには距離を開けるしかない。距離を開ければ回り込むことはできない。

 それに、最も威力が大きいタイミングで僕に当たるように狙われたスイングだ。

 優れた動体視力と反射神経。本当に見た目通りの野球少年じゃないか!


「くそ……!」


 僕は≪韋駄天脚≫の跳躍で後ろへと飛び退く。

 なんとか大剣を食らわずにすんだが、危なかった。


「かなえ! やつの剣を!」

「任せて!≪世界樹の枝ブランチ・コード≫!!」


 廃墟の3階で待機していたかなえが指輪を構える。≪女帝≫の生み出す蔓が、≪王の鍵≫を縛り上げる。


「なにい! こんのぉぉぉお!」


 しかし、≪皇帝≫はその馬鹿力で縛られたままの大剣を振り回す。

 強力な繊維が引き裂かれる音をたてながら、徐々に拘束が解かれていく。


 だが、一瞬でも動きを止めれば十分だった。


「行くぞアマちゃん……!」

『ほい来た! ぶちかますのじゃああああああ!!』

『「≪陽光砲レイ・コード≫ぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!」』


 生成された巨砲は、大きく開いた砲口の内を灼熱させる。

 数瞬ばかり間をおいて、そこから凄まじい熱量を伴う太陽光線が≪皇帝≫に照射される!


「な、ぐぉぉぉおおお!」


 しかし、なんと。

 廃墟の数十軒を貫通し、≪隠者≫を一撃で葬ったこの攻撃に、≪皇帝≫は耐えている。

 分厚い装甲の表面は融解しかけ、優雅だったマントもボロ布と化している。

 しかし、確かに形状を保ってそこに立ち続けていた。


「負けるかよぉぉおお!!」


 陽光砲によって蔦が焼き切れたことで自由になった大剣を盾のように構えて、≪皇帝≫は≪陽光砲≫に耐える。


 そして、ついにはこちらもエネルギー切れ。

 十数秒にも及ぶ照射を耐えきり、≪皇帝≫はしかしまだ立ち続けていた。


「はぁ、はぁ。負けねっス」


 しかし、大剣には無数のヒビが入りっている。もう一度でも打ち込めば砕け散るだろう。


「どうして、そこまで……」

「願いの、ために。決まってるじゃないっスか」


 僕の問いに答えるやいなや、≪皇帝≫は満身創痍の肉体でヒビだらけの大剣を構えた。


「行くっスよおおおお!」

「くっ……」


 なぜ、圧倒的に有利なのにここまで気迫に圧されてしまうのか。

 彼の言う願いとは、そこまでして叶えたいものなのだろうか。


 ≪皇帝≫の全力のスイング。

 あの熱線を受けきったあとで、全くキレが衰えていない。


「おおおおおおお!」

「はぁ!」


 ≪王の鍵≫と≪炎熱剣≫。大小ふたつの剣が交わる。


 硬いものが砕ける音。

 ≪王の鍵≫が、粉々に砕け散った。


「ま、まだぁぁぁあ!!!」


 武器を失ってさえ、少年は立ち向かってくる。

 溶解しかけの装甲を纏った拳で、殴りかかってくる。

 重々しい動きのそれを、僕は首を傾けて避ける。そして、≪炎熱剣≫で肩を打ちつける!


 だが、それすらも弾かれた。

 溶解した装甲のその奥に、未だ破られていない堅牢な鎧がある。

 甲高い音と、手の痺れ。

 直撃ですら装甲を破れないのか!?


『≪皇帝≫は、≪神々の玩具箱アルカーナム≫でも最硬の≪アルカナ≫じゃ……』

「だからって、あんなのアリか!?」

『うむ。確かにあれは尋常ではないのう……じゃが。意志の力、それこそが物理的事実に勝るこの空間では、あり得ぬことではない』


 僕は繰り返し≪炎熱剣≫で少年を打つ。

 全身に傷は刻まれていっているし、剣が纏う炎が絶えず身を焼いている。いずれは力尽きるだろう。

 しかし、ひょっとしたら。打ち込んでいる僕の方が先に力尽きるのではないか。そんな考えが頭をよぎった。


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