第十六話 好戦的な襲撃者
「新士くん!」
そう言って僕の元へと駆け寄ってきたかなえが、助け起こしてくれた。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「これ、新士くんがやったの……?」
僕の目の前には、細切れにされた黒い粒子へと変容していく≪死≫の≪アルカナ≫の姿があった。
「いや、これは僕がやったんじゃない。≪正義≫の契約者が、助けてくれたんだ」
「≪正義≫……? 味方してくれたの?」
「分からない。でも、すごく強かった。僕が歯も立たなかったこの≪アルカナ≫を、あっという間に倒しちゃったんだ」
「そう、なんだね……」
「おじさんは?」
「少し離れた廃墟に隠れてもらってるよ」
「よし、じゃあそこへ戻ろう」
「み、見てくれ! なんかこんなものを捕まえたんだ!」
廃墟へ戻ると、おじさんが灰色の微かに発光するネズミを捕まえていた。
なにやってんだこのおじさん……。
「ねぇ新士くん、これってもしかして……」
「≪アルカナ≫……?」
その非現実的な発光は、確かに通常のネズミとは異なっていた。
しかし、こんな無抵抗で小さな≪アルカナ≫がいるのだろうか。
『うむ! いかにも、これは≪節制≫の≪アルカナ≫じゃの』
≪節制≫……。それはもしや、僕が初めて召喚された時に≪塔≫の契約者に倒されたあの灰色の天使の≪アルカナ≫ではないだろうか。
『なんじゃお主、知っておるではないか。まぁ、契約者が敗退した≪アルカナ≫は翌日には再び≪
「あの、おじさん、それ≪アルカナ≫みたいなので……良かったら左手の指輪で触れてみてくれませんか?」
「指輪……おぉっ、いつの間に!」
「金髪の天使さんから説明、ありませんでした?」
「あーそう言えば、≪檻の指輪≫とか契約がどうとかって……」
「そう! それです。その指輪でそのネズミに触れれば、さっきおじさんを助けた僕たちみたいな力が手に入ります」
正直、この人の素性も分からないのだからこうして契約させてしまって良いものかわからない。しかし、見るからに情けないこの人を見ていると、自衛の手段くらい与えても良いかな、という気になってしまう。
「おおっ」
おじさんが指輪でネズミに触れると、微かに発光して指輪のデザインが変化した。
灰色で、天使の羽を模したデザイン。石座にはローマ数字の十四が刻まれている。
「こ、これでいいのかな? ってなんか声が聴こえるんだが!」
「あー、たぶん、その≪節制≫の≪アルカナ≫ですね。えっと、またさっきみたいな怪物に襲われたら、取りあえず変身して下さいね」
「ええっ……もしかしてぼくも、戦うのかい?」
腹を揺らしながらそう狼狽えるおじさん。
「まぁ……一応は。ご自分の身くらいは守ってもらいたいと言いますか……」
「む、無理だよムリムリ! 見てよほらこれ! メタボリックシンドローム! 戦うなんて無理だろう?!」
まぁ、いきなり戦えと言われたらこうもなるか。
僕はかなえと目を合わせて肩をすくめる。
「まぁ、ゆっくり練習していきましょう? 取りあえず一度、変身を……」
と、そのときだった。
廃墟の中に響く足音が聞こえてくる。
「しっ……」
かなえもおじさんも口を閉じる。
足音はゆっくりとこちらに近づいてくる。
おそらく、他の契約者だ。
僕たちがいる廃墟の扉の前で、足音が止まる。
僕は小声でかなえとおじさんに促す。
「隠れて」
「う、うん!」
「は、はぃ~」
ギリギリふたりが隠れたところで、廃墟の扉が開く。
「うおっ」
なんとも気の抜けた声とともに入ってきたのは、坊主頭の……高校生? だった。
学ランを着たその少年の身長は、180cmをゆうに超えていると思われる。が、顔は妙に童顔で、まさかとは思うが中学生の可能性があった。
「どもっス」
「ど、どうも……」
なんで挨拶しているんだ、僕は。
「じゃ、よろしくお願いしまっス!」
「へ……?」
長身の学生が素早い動きで左手を掲げる。
「変身!≪
「な!?」
変身したその姿は王者の風格と気品を纏った緑色のスーツだった。金色に輝く王冠、ファーのついた重そうなマント、長身をさらに巨大に見せる太い四肢。見るからに防御力が高そうで、全身に金色の装飾のついた装甲を纏っている。
「先手必勝、ってね! ≪
緑の王者の右手に、巨大な長方形の大剣が握られる。非常に幅広な刀身は、盾としても用いることができそうなほどだ。
そしてその大剣が、僕をめがけて振り下ろされる。
「あぶっ!」
何とか横へ跳び退いて、躱す。
廃墟のタイルが飛び散る。
破片の一つが、頬に掠って黒い粒子が飛ぶ。
油断した。ものすごく好戦的なやつ……!
「変身!≪
僕の全身が炎に包まれ、真っ赤な装甲に変化する。
「おお~っ。派手ハデっすねぇ! おりゃーあ!」
「 ≪
僕もまた直剣を呼び出し、≪皇帝≫の大剣と打ち合う!
金属同士の激しくぶつかる音。
「くっ……!」
剣の大きさも、変身した状態での体重も、そして腕力も、負けている……!
僕の身体は宙に浮き、そのまま廃墟の中を吹き飛んだ。
窓を突き破り、背中から道路に叩きつけられる。
廃墟の部屋は3階だった。
≪太陽≫を纏っていればどうという痛みを伴うわけでもない高さ。
しかし、あのパワーで大剣を直接身体に叩きこまれたら――。
おそらく、一撃で敗退することになる。
重々しい音と砂煙を巻き上げて、眼前に≪皇帝≫が降ってきた。
「降参しても、いいんスけど?」
「誰が。 ≪
僕は重装甲の敵をスピードで圧倒する覚悟を決めつつ、≪炎熱剣≫を構えた。
≪皇帝≫の後ろでは、廃墟の三階からかなえが≪女帝≫に変身して蔦を待機させているのが見えた。
やれる。
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